完璧な病室 短編① [文学 日本 小川洋子 短編]
再読
デビュー作「揚羽蝶の壊れる時」を含む短編集。
1.完璧な病室
2.揚羽蝶の壊れる時
3.冷めない紅茶
4.ダイヴィング・プール
初期の小川洋子さんが問題意識として持っていたであろうことが詰め込まれた短編集。
女性の中にある、妊娠できる体という神秘性に対する恐怖感、食べ物を「物」としていた時に感じてしまう違和感や嫌悪感、孤児院を経営する両親の本当の子供の苦悩、誰もが持っているはずの自分の中にある残虐性にどう向き合うか、異常と正常の境目、などがテーマなのだろうと思う。
一つ一つの描写がとにかく細かく、純文学とはかくありなんといった格調高い文章。非常に読み進めるのに時間がかかった。
1は若くして病気にかかってしまった弟に肉親の情を若干超えた愛情を抱いて世話をする姉の話。「病室の無機質性が逆に心落ち着く」というのも、物があふれガチャガチャした現代社会の中にあっては非常に共感できる感覚だった。
2はずっと面倒を見てきた祖母を老人ホームに入れざるを得なくなり、老人ホームにいれてしまった後の空虚感を描いたもの。
3は何となく馴れ合いで同棲を続けている彼との関係を、同級生の葬式で再開したK君によって見直す話。なんとなく心のどこかに空虚感がある主人公を描いている。
4は孤児院の両親の実の子が主人公の話。孤児院で一緒に育った男の子抱く淡い感情と、小さい子どもたちに抱く残酷な感情を対比的に描いたもの。
どれもこれも難しく、わかったようなわからないような感じなのだが、読んでいる間も読んでいる後も思考を促すブレヒトのような作品集。初めて読むにはお勧めできないが、ある程度読みやすい彼女の作品を読んだ後に読むと結構楽しめる気がする。
「揚羽蝶の壊れる時」より
p.127
「いろいろな方が入ってこられましたけど、特別印象に残っているという方は一人もいないのです。不思議なくらいに。最後の最後の時には、みなさん人間として一番純粋な部分だけを残して、あとは空白になってしまうんですね。性別とか個性とか社会的地位とか、他人から自分を区別する要素なんて無意味になるんですよ。ですから『新天地』に存在する平等はそれはもう完璧なものだと思います。」
p.130
「五年もここで働いていて、彼は適度に食べている自分の正常さを、疑うことがないのだろうか、と思った。彼らははっきり、世話する者とされる者に分かれている。正常な者と異常な者に。~中略~ わたしの中の異常は、どうしてわたしから区別することができないのだろう。何故こんなにも重苦しく、下腹部に吸い付いてくるのだろう。」
「冷めない紅茶」より
p167
「しかし、わたしを本当に不快にさせたのは、ごめんなさいという文字だ。わたしは、空き缶を転がすようないい加減さで、ごめんなさいとか頑張ってとか言われるのが嫌いなのだ。」
上記のすべての言葉に私は同感だ。皆自分が正常だと思っていたり、簡単に言葉を発して相手に何も伝えようとしていない。もっと言葉や自分の異常性に対して敏感になるべきなのでは、と考えさせられた。
2022-03-23 06:57
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