ファーストラブ [文学 日本 島本理生]
島本理生の直木賞受賞作で映画化もされている作品。
父親を殺してしまった女子大生を中心に、彼女のルポルタージュを書く事になった臨床心理士の女性の話。
どちらの女性も重い過去を背負い、結局精神的に追い詰められた状態で、奔放な性行為に走る、というのは島本理生の小説のパターンと言える。やはり読んでいてこういう描写はちょっとつらい。こちらも前回読んだ『ナラタージュ』と同じように、女性が受ける性暴力(肉体的&精神的)がテーマとなっており、ここに司法も絡んでくるので、物語がかなり重層的で深いものになっている。
正直言うと、裁判の結果が私としては納得いかない感じだが、そのあとにやって来るエンディングエピソードは何故か心がほっこりする。
p.21
「孤独と性欲と愛の区別は難しい」
この言葉はどの島本作品にも横たわっているテーマな気がする。
直樹賞受賞作だけあり、確かに面白かった。
リトル・バイ・リトル [文学 日本 島本理生]
母親が離婚・再婚・離婚し、腹違いの妹と母親と三人の女性で暮らす主人公ふみ。
母親の働く整骨院にやってきたキックボクシングをやっている青年周と出会い、何気ない会話、行動を共にすることで、彼女の暗い過去を自己認識し何となくそれを自分で解決していく方向へと向かう。
アンニュイな感じで、淡々と進んでいくが、どこか温かい。肉体関係も出てこず、悪役っぽい人もあまり出てこないので結構読みやすい。そこまで面白い作品ではない。
未成年の飲酒、飲酒運転、違法な自転車の乗り方など、結構アウトな描写が多い作品でもある。
ナラタージュ [文学 日本 島本理生]
映画化もされ書評も大評判のこの書。
女子校生とその子がいじめで悩んでいる時に救った世界史教師の恋愛物語。
純愛小説、とよく言われているのだが、この本のテーマは全く違う。
自分の気持ちに正直なせいで相手を精神的に傷つけてしまっていること、デートDV、家庭内精神的DV、そしてまさに本当の性暴力など、一見純愛に見えるものから生まれる様々な暴力的側面に光を当てた小説と言える。
様々なポップ・ミュージックやJazz,文学作品が登場するのだが、あまりそこに登場する意味も感じない。途中の男女が付き合っている部分の描写も結構読んでいて辛くなる。かなり村上春樹の小説っぽくて読んでて若干気持ち悪くなった。
そしてこの人は徹底的に、気持ちの高まり⇒肉体関係、ではなく、肉体関係⇔精神、みたいな性の描き方をしているなあと思った。
正直私には受け付けない小説だった。
よだかの片思い [文学 日本 島本理生]
島本理生作品はまだ2作品しか読んでいないが、心に葛藤を抱えながら、傷ついたり言葉にできない気持ちなどを癒したり発散したりする過程で誰かと肉体関係を結び、本来の自分を取り戻していく的な主人公像が、どうしても私には入ってこなかった。
しかし、この作品は違った。題名からもすぐわかるとおり、これは宮沢賢治の『よだかの星』という名作をベースにしている。この作品内でも言及されているが、私も学校の授業で知って以来大好きな作品だ。自分は「みにくい」と嘲られても、自分の周りの人間を傷つけるわけにはいかないと、死に向かって飛んでいくよだか。心の澄んだ素晴らしい登場人物でまさに宮沢賢治そのものといった感じで、宮沢賢治作品の中でも私の中で一、二位を争う作品だ。
この物語の主人公は顔の左側に生まれつきアザのある女の子。
小さい頃からおじいちゃんのおかげでそれをコンプレックスに思わずに生きてきたが、小学校の先生の一言によって、それはコンプレックスを持つべきものなのだと意識してしまう。
それから静かに生活し、大学では理系を選び大学院まで進んで研究を続ける。彼女。しかし出版社の友人から顔にアザや怪我がある人の写真集的なものを作るから協力して欲しいと言われたことから彼女の人生は変わっていく。
映画監督との出会い・付き合いや大学の先輩や同僚との関わりの中で、自分にアザがあることと正面から向き合い、自分だけでなく他人と社会とのつながりを考えるようになる主人公。とにかく真っ直ぐで真面目な姿があまりにも素晴らしい。
p.208
「あなたが思っているほど、多くの人は深刻にも真剣にも生きていないんだ。だから真の孤独の中にいるとき、受け止めてくれる人の存在は貴重なんだよ。アイコさんの真面目さや真剣さを、その先輩はきっと欲しているんだよ。」
p.213
「私はずっとこのアザを通して人を見てた。でも、だからこそ信頼できる人とだけ付き合ってこられたんです。ミュウ先輩もその一人です。」
簡単・簡潔に感想を言葉にできないほど、深くて考えさせられる素晴らしい作品。
ひさしぶりに良著に出会えたきがする。
シルエット [文学 日本 島本理生]
1. シルエット
2. 植物たちの呼吸
3. ヨル
の初期作品三作が収録されている。1は群像新人文学賞最優秀賞受賞作品らしい。
3を15歳、2を16歳、1を17歳で書いているらしい。性的な描写もあり、実際体験しないと書けないのでは?と思わせる感じなので、どんな高校生だったんだろうと想像してしまう。略歴を見ると、彼女の幼少期に父と母が離婚しているらしく、まだそんなには彼女の作陽を読んでわけではないが、父がいない設定の登場人物が多い気がする。
1は、男にだらしなかったせいで父親に刺された母の看病をする冠(かん)という元彼と、せっちゃんという大学生の不思議な雰囲気の今の彼を持つ、高校2年生の女の子が主人公。母親のせいで女の子と肉体的な接触をできなかった冠とうまくいかなくなり、2週間家出をし金持ちの医学部の男とひたすらセックスをし、現彼に出会った主人公。その今の彼との生活と冠との思い出を行ったり来たりしながら、雪や雨、夢などを挟みながら重層的に主人公の内面とその成長を描いていく。
この作者、「愛」というものにおいて、肉体と精神が非常に密接に絡み合っていて、どちらが先とかではなくどちらもあってはじめて「愛」というものが成り立つのだ、ということを各作品で訴えている気がする。とても繊細な文章で、ヒリヒリする感じ。好きな人はとても好きなのだろうとは思うのだが、私はやっぱり読むのに結構パワーがいる類の小説だ。
Red [文学 日本 島本理生]
正直あまり興味のある作家ではなかったのだが、最近読んだ辻村深月の本の解説で言及されていたので、とりあえず読んでみた。
色々な紹介文などで、「著者初の官能小説」などとよく書かれている。小川洋子の『ホテル・アイリス』などもそうした紹介がされるのだが、ただ単に性交の描写が若干生々しいというだけで、それはものがたりの一部に過ぎない。これらが官能小説なら、村上春樹の小説はほぼ全て官能小説だろう。こうした性的描写も、女性作家が書いていることが自分のあたまにあるからなのか、女性作家が書いているからなのかわからないが、村上春樹などにありがちな、嫌な感じのいやらしさは全くない。
ストーリーは、傍目から見ると幸せで安定した生活をしている子持ちで主婦の女性が、過去の様々なトラウマ(?)、自分では気がつかなかった小さい頃から我慢してきたものが、日々のちょっとした不満と過去の男性との偶然の出会い、不倫などをきっかけに、徐々に自覚されるようになっていき、自分の人生を省みながら未来の自分を考えていく、というもの。
正直純粋で純真そうな女性が、男達に惹かれ不倫していく様が、読んでいてかなりきつく、フランスの自然主義文学を読んでいるようだった。
読んでいる途中はかなり苦しく嫌な感じだったが、エピローグが少し平和な感じでよかった。
あまり人にオススメしたい作品ではないが、映画にもなっているようだし、興味のある人は読んで損はない作品だと思う。
ちなみに本筋とは全く関係ないが心に残った一節。
p.231
「そもそも企業利益の差を生むのは、発想力とは無関係の、地味でつまらない仕事まで丁寧にやるかどうかだから。前の会社のときは近所のゴミ拾いからトイレ掃除まで俺が率先してやってたし」
本当にそうだと思う。これは教育にも言える。なんか新しくて楽しそうでクリエイティブっぽく見えることは長期的に見れば対して身にならない。むかしから行われている一見地味でつまらないものがのちのち大きな花を咲かせるのだ。