ライオンのおやつ [文学 日本 小川糸]
ホスピスで最期の時を過ごすひとりの女性を描いた作品。基本的には一人称がたりで物語は進む。
天使のように良い性格を持った主人公で、実の両親と死に別れ、実の父ではない父が一人で育てた子ども。父の再婚を機にひとり暮らしになり、そのまま父に会うことなくホスピスで最期の時を迎えようとしている。
「死」という重いと思われているテーマを、「おやつ」という楽しく明るいものによって綺麗に味付けし、そして、「死」と「生」というものはそんなに明確に線引きできるものではないのだということを後半明確に描いている。ファンタジー的という人もいるかもしれないが、私は場合によっては死者と話ができると思うし、人が死んだ時に、遠くにいる人がその人の姿をぼやっと見て死を確信する、みたいなことも起こると思う。
この作品を重層的なものにしているのは、主人公が死んだ後の3日間をそれぞれ3人、別の人の視点で語らせているところだ。バッハの無伴奏チェロ組曲をところどころに登場させているところも味わい深い。
p.167
「私ね、死って、最大級のオーガズムみたいなものなんじゃないかと、期待しているんですよ」
p.268~p.269
「おやつは、体には必要のないものかもしれませんが、おやつがあることで、人生が豊かになるのは事実です。おやつは、心の栄養、人生へのご褒美だと思っています。」
この二つの言葉が、この重いテーマの作品を、明るく美しい作品に仕上げている、根本にある作者の考え方なのだろう。
「死」をテーマにしているが、読みながら泣くということがなかった。ものすごい感動作、素晴らしい作品、という感じではないが、なんとなくじわっと、ほっこりとする佳作。
とわの庭 [文学 日本 小川糸]
今年の「新潮文庫夏の100」冊に選ばれていた本で、この本のあらすじを読んで小川糸に興味を持ったと言ったもいいかもしれない本。
前半はとにかく暗く読んでいて辛い。一人称がたりとなっており、盲目の少女の客観的に見るとひどく辛い生い立ちが、一人称で語られることにより幸せな様子で描かれている。若干小川洋子の『琥珀のまたたき』を彷彿とさせる、閉じられた空間で中にいる人間だけが幸せを感じて生きている描写だった。
後半は、助けられた後の主人公の人生。恐らく3.11の大震災とコロナの状況を反映しているのではという感じの描写。色々な人の助けを借りながら、主人公がどんどんと世界を広げ幸せになっていく様子が生き生きと描かれる。
とても良い話ではあるのだが、やはり私にはもう一歩足りない感じがしてしまった。
キラキラ共和国 [文学 日本 小川糸]
『ツバキ文具店』の続き。『ツバキ文具店』を読まないとよくわからない部分も多いので、本当は、『ツバキ文具店』二巻のような感じで副題をつけておいたほうが良い気がする。実際自分もこの本を先に借りてしまい、あらすじに『ツバキ文具店』続編と書かれているのを見て急いで『ツバキ文具店』を借りた。
前巻で、祖母(先代)との心の和解をした主人公鳩子は、最後の方でかなり良い雰囲気となった食堂を営むミツロウと物語の初めに結婚する。
前巻は代書の仕事がメインのストーリーだったが、今巻はどちらかというと鳩子の家族の物語。いままでの伝統的な家族観にとらわれないような家族像を示そうとしている点で、『にじいろガーデン』に近い雰囲気を持っている。さらに言えば、自分ひとりではなく様々な人との関わりの中で自分が生かされており、お互い迷惑を掛け合って生きているんだということを示している点で、『つるかめ助産院』に近い雰囲気もある。
正直後半飽きてきた感じはあるが、ほっこり優しい物語であることは間違いない。
ツバキ文具店 [文学 日本 小川糸]
小さな文具店を営むかたわら、代書屋という人の代わりに手紙を書く、ということを職業にしている女性を主人公にした物語。
手紙を他人に書いてもらうの?と思ったが、物語の主人公の祖母(先代)が言った言葉「人にお菓子を渡すのに、専門の人が作ったお店のおいしいお菓子を渡して怒る人はいない、手紙も同じ」という言葉に妙に納得してしまった。
色々な人の手紙を代書するうちに主人公が成長していき、周りの人との暖かい交流の輪も広がり、最終的には、うまくいかなくなってしまったまま亡くなってしまった先代との関係もうまく行く。
小川糸さんというひとは、自然と人間の共生、迷惑をかけ合うことで生まれる人間的成長、伝統的価値観にとらわれない暖かい人間交流というものをテーマに作品を作っている人なのであろう。
この本も圧倒的な感動作、という感じではないが、ほのぼのとしていて心があったかくなった。
にじいろガーデン [文学 日本 小川糸]
小川糸作品、3冊目。『つるかめ助産院』も『食堂かたつむり』も悪くはなかったが、素晴らしい!という感じでもなかった。
この本は文句なく素晴らしかった。女子高生の自殺しそうな場面に始まり、同性愛の駆け落ち。その後田舎町で自給自足に近い生活を営み、優しい子供達と幸せな暮らしを営んでいく。
しかし幸せな生活は長くは続かず・・・。
4人の家族がそれぞれの視点から、少しずつ時間の流れをかぶらせながら物語が進行していくので、重層的でありかつ自然に時が流れていく。
やはり人が死ぬ、という場面は読んでいて涙がこぼれそうになる。ある意味主人公と言える千代子、おチョコちゃん、ママの生き様があまりにも純粋で美しい。
血のつながりとはなんなのか、家族とはなんなのか、いろいろなことを考えさせられる深く美しい物語だった。
食堂かたつむり [文学 日本 小川糸]
ある日突然、同棲していたインド人の恋人に根こそぎすべてを持って行かれてしまい、ショックで声を失ってしまった女性が、自分の実家に帰り、食堂を開き、そこで色々な人と関わる中で心を再生していく話。
食堂を開くまで&開いてからも、いろいろなことを手伝ってくれる昔の小学校の用務員さんだった熊さん、食堂へやって来る様々なお客さん、こういった人たちとの関わりを通し、人間と関わることの貴さを学んでいく主人公、さらに色々な人たちとの触れ合いの中でふと知ることになった大きな確執があった母親との和解。そして尊敬していた祖母の本当の過去。様々なことがゆっくりと明らかになっていき、それとともに声も取り戻し自らの心と向き合い前向きに生きていくことができるようになる主人公の様子が細かく描かれている。
飼っている豚のエルメスとのふれあい、そして最終的には・・・、というのも人間が様々なものを犠牲にしながら自然と共に生きていることを伝えており、とても心に残った。
しかし、はじめは非常に重要な感じで食堂を作る際にもポイントとなっていた、唯一インド人が残していった祖母が残してくれたぬかどこが、途中から全く登場しなくなるのが残念だった。
感動的なストーリーで涙を流した人も多いらしい作品ではあるのだが、なぜか私はそこまで感動しなかった。藤岡陽子さんの作品よりも、なんとなくリアリティがないからなのか・・・。
とはいえ悪くはない作品だった。
つるかめ助産院 [文学 日本 小川糸]
小川糸さんの作品に少し興味を抱き、図書館でいろいろ借りてきた。
デビュー作『食堂かたつむり』から読み始めたのだが、色々な関係により、この『つるかめ助産院』と並行して読むことになり、この作品の方が先に読み終わってしまった。
物語は、まりあという女性が、仕事から家に帰ると、夫が携帯電話を置いて失踪してしまった場面から始まる。いくら待てども帰ってこず、とりあえず昔二人で行った思い出の地、ハート型をした島へ彼を探しに行く。
そこではじめて声をかけられた人が実は助産師で、彼女に妊娠している、と告げられる。あれこれあり、彼女はこの島に残り、この助産師がやっている「つるかめ助産院」で働きながら出産することを決める。
自然と共に生活し、この助産院で働く人々や島の人々との交流を通じて、自分のあまり幸せではなかった過去とも向き合い、色々な人が実は色々な悩みを抱えながら生きていることを知り、人に触れられたり触れたりすることを恐れて生きてきたが、自分から相手に触れることで、心も落ち着いていくことを知り、最後は幸せな出産をする、という話。
調理に関する描写が非常に細かく、さらに心が解放されていく様子もとても細やかに描かれておりよかった。
しかし、女性の苦悩は結構細やかに描かれているのだが、サミーという男性の苦悩がまったく描写されておらず、最後もなんとなくかわいそうな感じで終わってしまうのが残念だった。