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約束された移動 短編⑮ [文学 日本 小川洋子 短編]


約束された移動

約束された移動

  • 作者: 小川洋子
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2019/11/29
  • メディア: Kindle版



01. 約束された移動
02. ダイアナとバーバラ
03. 元迷子係の黒目
04. 寄生
05. 黒子羊はどこへ
06. 巨人の接待

01
ホテルの客室整備係が主人公の物語。映画俳優Bがホテルのスイートに泊りにくると、スイートに置いてある旅・移動にまつわる本が一冊ずつなくなっていく。それを彼の主演映画とともに追いかけていく、妄想物語。マッサージ部の人の良い面を見る主任さんとの心暖まる交流も良い。とても心暖まる物語。

02
市民病院で案内係をする、バーバラと呼ばれる、ダイアナ元英皇太子妃に憧れるおばあさんの物語。ダイアナ元妃の来ていたドレスを自分で縫い、それを着て街に出かける女性で、昔ショッピング・モールのエスカレーター補助員をしていた過去などと重ね合わせながら物語が進む。これもへんてこりんなおばあさんとそれを優しく見守る孫娘との、心暖まる物語。

03
元迷子係の、となり言えに住む遠い遠い親戚の女性と、熱帯魚を可愛がる女の子との物語。自分の善意によって、熱帯魚にたいへんなことをしてしまうのだが、この遠い遠い親戚の女性のおかげでなんとか心を取り戻す。親戚の女性の悲しい過去と相まって美しい物語となっている。

04
プロポーズしようと高級レストランを予約していたのに、変なおばあさんに抱きつかれ大変な思いをする男性の物語。この話もどこかで読んだ感じがするが、最後は優しく前向きな感じで終わるので良かった。

05
海の近くに住む村に、ある未亡人が、波に打ち上げられた二匹の哀れなつがいの羊を拾って面倒を見る。そのうち羊たちは子羊を産むのだが、それが黒子羊だった。村人たちは気味悪がって近づかないが、子どもたちは逆で彼女のもとに集まる。そのうち託児所のようなことはじめる。子どもたちは偉人伝が大好きで、読み聞かせてあげたり子どもたちがそれらを読んだりする。
長い年月がたち、彼女が面倒を見た子供の一人が歌手となり、酒場で歌を歌うようになる。その彼を店の外からそっと伺い、その声に耳を澄ます。
最後に彼女は、歌手の歌を聴きに行った帰り、足を滑らせ運河におちて死ぬ。その葬式には子どもたちが長い列を作っていた。こころがあったかくなる話。

06
ヨーロッパの少数民族の言葉で小説を書く巨人が、出版社の求めに応じ、その国へやってくる。通訳を行うはずだった人、巨人の秘書も食中毒を起こしてしまい、通訳の弟子が、一人でやってきた巨人の通訳&案内係を勤める。
ホロコースト経験者で家族を失っていることも影響しているのか、巨人は人前ではあまりはっきりしゃべらない。しかし適当になんとか通訳をこなす。最後に二人は一緒に自然の森公園へ行き、鳥を観察する。
二人にしかわからない言葉で心をしずかに通わす二人の話。『リンさんの小さな子』を彷彿とさせる静謐で美しい物語。

久しぶりに結構読みごたえのある小川洋子さんの短編集を読んだ気がする。

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口笛の上手な白雪姫 短編⑭ [文学 日本 小川洋子 短編]


口笛の上手な白雪姫 (幻冬舎文庫)

口笛の上手な白雪姫 (幻冬舎文庫)

  • 作者: 小川洋子
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2020/08/06
  • メディア: Kindle版



口笛の上手な白雪姫

01. 先回りローバ
02. 亡き王女のための刺繍
03. かわいそうなこと
04. 一つの歌を分け合う
05. 乳歯
06. 仮名の作家
07. 盲腸線の秘密
08. 口笛の上手な白雪姫

01.
 吃音の少年が主人公。彼の両親は恐らく何らかの宗教団体の熱心な信者で、定期的に集会に通っている。その宗教の行事に合うように自分の誕生部の日付を6日間ごまかしたことにより、自分は吃音になってしまったと主人公は思っている。彼は、両親が集会に参加するためいない間、留守を任され電話が鳴った時は対応するよう言われているのだが、吃音のため電話に出たくない。そのため117にダイヤルし、ひたすら時報を聞き続けている。
 そんなある日、彼の前に、言葉を先回りして回収している老婆(ローバ)に出会う。カタカナの名前が好きということでローバと呼ぶことになる。吃音の彼が窮地に陥った時に、救ってくれるような時には現れないが、しばしば彼の前に現れる。
 若干、宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』的な作品で、心温まる作品。重松清もよく吃音作品を書くが、彼の作品はどこか鼻につくが、この作品は全くそんなことがなかった。

02.
 手作りの洋服を作るお店で働いていた刺繍がとても上手なお針子、リコさんと主人公の女性の心温まる交流を描いた作品。リコさんは先代の主人が亡くなった後、そのお店を引き継いでおり、主人公の女性も、周りで子供が生まれるたびに、リコさんに「よだれかけ」を作ってもらって刺繍を入れてもらっている。最終的に過去の思い出と現在が交わる素敵なお話し。

03.
 かわいそうなことをリストアップしてノートに記している少年の話。世界一大きいシロナガスクジラに始まり、ツチブタを経て、兄が入っている野球チームの、あまりうまくない選手の話になる。最後はノートが足りなくなってしまいどうしようか、という部分で終わる。

この世にある、様々な小さきものに光を当てる作品。地味だが心が温かくなる良作。

04.
 ミュージカル『レ・ミゼラブル』を主題としたストーリー。主人公は同僚からミュージカルのチケットをもらう。ミュージカルに興味がない主人公はあまり乗り気ではなかったが演目を見て一気に気持ちが高まる。
 主人公の母親の姉は、離婚して母子家庭。伯母さんは働いているので、主人公の4つ上の従妹は良く主人公の家に来て遊んでいて兄弟のように育った。従妹が大学生の時、寮のベッドで死んでいるのが発見された。喪主の役目も立派に果たし、普通に働いていたある日叔母が、「あの子がミュージカルに出ているの」と言い出す。『レ・ミゼラブル』の主人公ジャン・ヴァルジャンが自分の息子だと。そして叔母と主人公は二人で観劇する。ミュージカルのストーリーと、過去と現在が入り混じりながら物語は進行する。

かなり物語に入り込んで読めた。結構面白い作品だった。

05.
学者の父母の下に生まれた男の子の話。母は息子をとても大切にしていて病気になること、死んでしまうことをとても恐れていた。しかし息子は何かに集中すると周りが見えなくなってしまい迷子になってしまう癖があった。自国にいるときは良かったのですが、学会発表のため外国へ家族で行った際、迷子になってしまう。彼は聖堂に迷い込み、いろいろな彫像を目にする。結局彼は見つけ出され、最後に乳歯が抜ける。

06.
ミスターMMという作家に心酔してしまい、彼の全作品を暗記してしまっている。あまりのファンのため作家が主催する読者のための集まりに参加するほど。その集まりで彼女は、その作家が書いたこともない場面も、さも書いてあったかのように質問する。その作家は落ち着いてその質問に、さも自分がその場面を書いたかのように答えてくれる。結局その後もそのようなことが続き、お互いそれを楽しんでいるかのような描写になっていくのだが、最後は主人公は、集まりを荒らしている人間だと糾弾されその場から追い出されてしまう。どこまでが本当でどこまでが嘘なのかやはりわからない作品。『不時着する流星たち』の「04. 臨時実験補助員」のモチーフを用いている。

07.
廃線の危機にある路線に住む、曾祖父さんとひい孫の話。二人は廃線からその路線を救おうと毎日電車に乗り、そこで二人で空想の設定を楽しみながら終点で兎に餌をあげ、子どもが生まれるよう優しく撫でてあげる。曾祖父さんが亡くなり、その代わりのように弟が生まれる。

08.
ある公衆浴場のそばにいるおばさんの話。彼女は浴場で、乳飲み子をつれてやってきた母親が浴場に入っているあいだに、赤ちゃんを預かってあげる。その際、赤ちゃんにしか聞こえない音量で口笛を吹いてあげる。最後は少し哀愁漂う感じで終わる。

全体的に普通な感じの作品が多かった。04は良かった。
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不時着する流星たち 短編⑬ [文学 日本 小川洋子 短編]


不時着する流星たち (角川文庫)

不時着する流星たち (角川文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2019/06/14
  • メディア: Kindle版



不時着する流星たち

01. 誘拐の女王
02. 散歩同盟会長への手紙
03. カタツムリの結婚式
04. 臨時実験補助員
05. 測量
06. 手違い
07. 肉詰めピーマンとマットレス
08. 若草クラブ
09. さあ、いい子だ、おいで
10. 十三人きょうだい

ある作家やアーティストの作品などにインスパイアされて作られた10の物語集。

01. ヘンリー・ダーガーという作家の『非現実の王国で』という作品を元に作られた作品。ある日、主人公の女の子と、母が再婚した相手の男の娘が同居することになる。その娘は主人公の女の子よりもかなり年が上で、母親との方が、歳が近いくらい離れている。あまり親しくすることもなく生活していたが、ある日「誘拐されて小屋に閉じ込められていた」と言われる。その後彼女が誘拐されていた時の話を色々と聞かされるのだが、話をされた夜は、決まって姉の部屋から色々な人の大きな声が聞こえてくる。実は、彼女は色々な人になってその声を発しているのであって、素の声の彼女はひたすら謝っている。結局母と再婚相手は離婚し、姉は去っていくのだが、彼女との唯一の思い出、ラクロスのラケットだけは大事に取ってある。
 何かのトラウマを抱えた人を物語したものなのか、結構怖い話だった。

02. ローベルト・ヴァルザーというスイスの作家をベースにした作品。散歩が趣味の男性の話。小説を書くのが好きで、小説家になろうとしたがあきらめ、出版社の配送業務をしている。綺麗に包装し配送することに誇りを持って働いている。そこで出会った喫茶店の女性とひと時心を通わす。結局最後は主人公が病にかかり病院に入る。
 これも恐らく精神に関する病気であろうことが、想像される。

03. パトリシア・ハイスミスという人をベースにした作品。主人公の女の子は、大勢の中で実は生きづらさを感じている。そして同じような思いを抱えている人を探している。彼女はおそらくいじめにもあっている。そんな彼女は家族とたまにいく空港への旅行を楽しみにしている。旅行のために空港へ行くのではなく、空港へ行くために、空港へ旅行へ行くのだ。空港で弟と一緒に飛行機を眺めていたのだが、ある日、礼拝堂と授乳室の前で、かたつむりの競争をさせている男と出会う。その出会いによって何となく自分と同じ空気を持った人を見つけ出すことが出来る。
 とても共感できる息苦しさを感じでいる人の物語。

04.
社会心理学者スタンレー・ミルグラムによって開発された実験を元にした作品。落ちている手紙を、どれくらいの人が差出人に届けてくれるか、という社会・心理実験のために、手紙を落とすアルバイトを引き受けた女性が主人公の話。彼女は、生後一年に満たない子どもを持つ母親とコンビを組んで手紙を落とすバイトを行う。途中で、搾乳する話や、コンビの女性がそのバイトを辞めた後、主人公がその女性宅に遊びに行く場面など、結構生々しいものが多い。

05.
ピアニスト、グレン・グールドを元にした作品らしいが、他作品と違い、どの辺がグレン・グールドからインスパイアされたのかイマイチ私には分からなかった。目が見えなくなってしまった祖父のために、孫が歩数を一緒に数えてあげる話。祖父は昔とてもお金持ちだったらしく、今住んでいる所を超えた周囲一帯が塩田で自分の家の所有物だったと孫に語り、かつてあった色々なものの場所へ、孫と歩数を数えながら歩き回る。そんな中段々と祖父も衰えていき歩ける距離も短くなっていき・・・。

06.
生涯の大半を、ナニー(乳母)として送りながら膨大な写真を撮った人を元に作られたものらしい。葬儀の際、死者をあの世へ平和に送るためには、小さな子供が必要だ、と考える人のために、「見送り幼児」としての役割を果たす一家の話。現実味のない話だが、何故か現実感がある不思議な柔らかい雰囲気の話。

07.
バルセロナオリンピック男子バレーボールアメリカ代表を元に作られたらしいが、ほぼ彼らは出てこない。事故で片耳が聞こえなくなってしまった息子R。彼はどこかの国に留学しており、主人公である母親が彼のもとを訪ね、彼の好物である肉詰めピーマンを作ってあげる話。眠かったせいもあるがあまり心に響かなかった。

08.
映画『若草物語』に出演したエリザベス・テイラーを元にした作品。『若草物語』を学校で演じた4人の女の子が登場人物。主人公は、台本を作った女の子。彼女は、目立たない四女のエミイ役をやらされるのだが、エリザベス・テイラーがその役を映画で演じていたと知り、彼女の自伝などを読み、彼女にどんどんはまっていく。彼女が飼っていたシマリスまで飼おうとするが、高額で手に入らず代わりにハムスターを飼うことに。しかしこのハムスター〓が悲劇を招くことに。
かなり面白い一編だった。

09.
世界最長のホットドッグをもとにしたストーリー。子どもがいない夫婦が、文鳥を飼うことに。二人で『愛玩動物専門店』に行く。そこで対応してくれた店員のお兄さんに、妻はほのかな恋心のような気持ちを抱いてしまう。家にやってきた文鳥は初めは妻にも夫にも可愛がられていたのだが・・・。朝早くから鳴いたり、爪が伸びすぎてしまって枝にうまくとまれなかったりと段々と文鳥から気持ちが離れていく。それと反比例するように、妻は『愛玩動物専門店』のお兄さんに惹かれていく。そのお兄さんを店に探しに行った帰り、広場で世界一長いホットドッグを作ろうとしているイベントに出くわす。そんなざわざわした中、主人公の妻が最後に意味のわからない行動を取る・・・。

10.
13人兄弟の父親を持つ女の子が主人公の物語。父親の末の弟、サー叔父さんと主人公の心の交流を描いた物語。

全体的にあまり心響く物語は少なく、もう一歩な感じの短編集だった。


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いつも彼らはどこかに 短編⑫ [文学 日本 小川洋子 短編]


いつも彼らはどこかに (新潮文庫)

いつも彼らはどこかに (新潮文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/12/23
  • メディア: 文庫



再読

1. 帯同馬
2. ビーバーの小枝
3. ハモニカ兎
4. 目隠しされた小鷺
5. 愛犬ベネディクト
6. チーター準備中
7. 断食蝸牛
8. 竜の子幼稚園

1.ある時から、モノレール以外の交通機関を利用して動き回ることが出来なくなってしまった、スーパーマーケットで食品を試食してもらいながら購入してもらうデモンストレーションガールの女性の話。彼女はモノレールで移動できる距離のスーパーを廻り、仕事をしている。
 静かにひっそりと暮らす彼女はある日、フランスで行われるレースに出場するためにディープインパクトと名付けられた競走馬が空港を飛び立ったという新聞記事を目にする。そしてそこには、ディープインパクトのストレスを緩和するために、ピカレスクコートが帯同馬としてついていっていることを知る。
 彼女が営業で回るスーパーに、頻繁に姿を見せ、試食だけをし、決して購入しない小母さんがいる。ふとした事件をきっかけに、この小母さんと仲良くなる。この小母さんは、フランスに留学経験があり、宝石店を営み、そこで知り合った金持ちの愛人だったらしい。
 この小母さんと主人公を軸に話は進み、そこにピカレスクコートのエピソードが挟まれていく。結局、小母さんの言っていることはどこまで本当か分からないという、小川洋子さんの得意のストーリー。そして主人公も小母さんも同じ日常を繰り返していることを示して終わる。

2.作家と翻訳家の心温まる交流を描いた作品。自分の作品を翻訳してくれる翻訳家と会いたいと思いながらも様々な事情ですれ違い、結局その翻訳家は死んでしまう。死後、その作家は、翻訳家の息子と恋人の元を訪ねる。
 作家は、昔、翻訳家からビーバーの頭の骨をもらう。作家はずっとそれを大事にしている。翻訳家の家を訪れ、近くの森を散歩したり、家の前の池を泳いだりして過ごす。翻訳家の書斎に入ると、ビーバーの齧った小枝が置いてある。
 結局作家は、この小枝を形見としてもらい、頭の骨と共に大事に取っておく。バッハのごルドベルク変奏曲が絶妙な味を出している静かな作品。

3.小さな町で、朝食専門の食堂を営む男の話。この一家は代々、何か大きなイヴェントがあると、中央の広場にあるカウントダウンの数字を変える役割を与えられる。そのカウントダウンの数字は、ハモニカ兎というかつてはこの町に生息していたが、おなかの中にある解毒作用があると言われた胃石を手に入れるために、乱獲されたせいで、絶滅してしまう。
オリンピックにまつわるあれやこれやと、このハモニカ兎の悲しい感じが絶妙に織り込まれたユーモアのある作品。

4.ある小さな美術館の受付で働く女性が主人公。彼女が働く美術館の前に、「アルルの女」を流しながら、走る修理屋がよくやってくる。運転しているのはお爺さん。彼は、たまに、美術館にやってくる。ある日、やってきたお爺さんの靴のソールが取れてしまっている。それをセメダインで直してあげたことをきっかけに、主人公とお爺さんは仲良くなる。その後、再び事件が起こる。今度は、大きい音を立てて階段から転げてしまう。近寄って話を聞くと、彼はいつも一枚の絵しかみておらず、その絵に辿り着くまできつく目を閉じ、毎回同じ歩数で同じ動きをしながら辿り着いているらしい。
 それをきいた主人公は、家で黒い布で目隠しを作ってあげる。それをプレゼントしさらに親しくなる。ある日、美術館の外で二人で座っていると、そこに缶に頭をつっこんでしまった鷺がやってくる。お爺さんは普段見せない機敏な動きで修理屋の車から色々なものを用意し、慎重に鷺から缶を外してあげる。
 本当に何でもない話なのだが、ビゼーの「アルルの女」が今にも聞こえてきそうな感じで良い味を出していた。

5.学校に行けなくなってしまった妹が盲腸で入院することになった。彼女には自分で作ったドールハウスがあり、そこでおもちゃの犬、ベネディクトを飼っている。妹が創り上げるドールハウスの世界。それがドールハウスなのだが、彼女にとってはそれこそが彼女の生きる世界になっていく。テネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』を彷彿とさせる、美しくも悲しい物語。この作品集の白眉ともいえる。『狭き門』『ブリキの太鼓』からの引用も使われている。
 一点だけ。この作品のp140から何度か「カップボード」という言葉が出てくるのだが、これはcupboardをカタカナ化したものなのだが、発音としては敢えてカタカナするとしたら「カボード」なので、何となく気になってしまった。
 
6.動物園の販売所で働く女性が主人公。出だしが「hを手ばなしてから十七年が経った」で始まる。このhが何なのか最後までわからない。

7.風車小屋の描写から始まるが、はじめはさっぱり状況がつかめない。その風車小屋の男が、蝸牛を飼っており、それをたまに見せてもらう女性主人公が登場するのだが、この人もイマイチ誰なのか分からない。
 読み進めると、彼女は、近くの断食のための病院の患者さんだとわかる。そしてこの風車小屋の男の所に通うのが主人公の女性だけでなく、断食病院のスタッフの女性もいることがわかる。微妙な三角関係が展開される。最後は主人公の女性が良かれと思ってそっとやったことが悲劇を招く。

8.何らかの理由で旅に出られない人の代わりに、ガラス瓶の中にその人に関わるものを入れて旅する女性の話。彼女は昔、6歳の弟を事故で失くしている。その弟の誕生日が3月3日。弟は生前、自分の誕生日ぴったりの賞味期限のものを集めていた。弟が死んでからも彼女はそれを集めている。
 彼女の人のために行っている旅と、彼女の人生が一つに混じり合いながら話は進む。最後は夢か現実か、そのまま天国へ吸い込まれていくかのように終わる。

一つ一つとても優しく美しい物語。

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夜明けの縁をさ迷う人々 短編⑪ [文学 日本 小川洋子 短編]


夜明けの縁をさ迷う人々 (角川文庫)

夜明けの縁をさ迷う人々 (角川文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2010/06/25
  • メディア: 文庫



1. 曲芸と野球
2. 教授宅の留守番
3. イービーのかなわぬ望み
4. お探しの物件
5. 涙売り
6. パラソルチョコレート
7. ラ・ヴェール嬢
8. 銀山の狩猟小屋
9. 再試合

1は、女曲芸師と野球少年の心の交流を描いた作品。河原?でやっている少年野球の傍らで女曲芸師が曲芸の練習をやっている話。少年野球のメンバーの一人、主人公はその女曲芸師のことがいつの頃からか気になりだし、彼女が練習している三塁側にボールがいかないようボールを打っているうちに、流し打ちしかできなくなる。ふとした会話がきっかけとなり二人は心を通わせるようになる。しかし少年の三振がもとで彼女は大怪我。そして・・・。若干悲劇的な結末なのだが、どこか暖かい。

2は、大学の、食堂の叔母さんと掃除婦が主人公の話。食堂の叔母さんの家が放火され、それがきっかけで海外赴任の大学教授宅にしばらく住まわせてもらうことに。そんな食堂の叔母さんが住まわせてもらっている大学教授宅に掃除婦のおばさんが遊びに行ったところ、教授の論文が賞を取ったという報告が入る。すると次々に花やら食べ物やら祝いの品が届く。最後には冷凍のでっかい魚が届く。あまりに大きいのでのこぎりで切って冷凍室に入れようとすることになるが・・・。最後は恐ろしい結末。どこかで似たような感じの結末を読んだことがある気はするが・・・。

3は、中華料理のビルで生まれてしまいそのままおぎざりにされ、そこのエレベーター・ボーイになったイービー(E・B)の話。完全にエレベーターという閉じられた空間でひっそり生活するという設定が、『猫を抱いて象と泳ぐ』『ことり』『琥珀のまたたき』の先駆的作品な気がする。最後に露と消えてしまう感じも何となく幻想的。

4は、客が家を探すのではなく、家が客を探すということで、いくつかの物件の歴史を記したもの。『沈黙博物館』に近い雰囲気がある。

5は、楽器のおとが良くなる自分の涙を売って、生活を立てる女性の話。そんな彼女がストリートパフォーマーの男性に恋をし、彼のためだけに自分の涙を使うようになり、最後は・・・。谷崎潤一郎の『春琴抄』や小川洋子さん自身の『密やかな結晶』に通じる世界観がある。

6は、姉弟とベビー・シッターさんの心の交流を描いた作品。霊的な世界も描いていながらエグさや恐ろしさがなく何故かほのぼのとしている。

7は、『ホテル・アイリス』に近い、マゾヒスティックな性愛を描いた作品。主人公は整体師の男性で、全15巻の全集も出版している作家の孫のおばあさんの足裏マッサージに毎週行っているという設定。その足裏マッサージをしている最中に、そのおばあさんとその作家の大ファンだという若い男性の性的行為を1時間聞くという設定。その性的行為は作家が物語で描いたそのままをしているということになっているのだが最後は・・・。どこまでが本当でどこまでが嘘かわからない、これまた小川洋子さん特有の展開となっている。

8は、別荘購入を勧められた、女声作家が秘書の男性をつれてその別荘を見に行き、そこで出会った不思議な男性との会話を中心にストーリーが展開する。サンバカツギという動物が出てきたり、これも最後はどこまでが本当なのかわからない感じ。

9は、数十年ぶりに甲子園出場を決めた学校の一女子生徒が語る物語。彼女はレフトを守る選手に恋をしており彼をずっと追いかけ、甲子園でも彼をじっと見つめ続ける。チームは決勝にまで行き、0-0のまま引き分け再試合。再試合も0-0のまま進む。最後はどうやって終わらせるのかとワクワクしながら読みすすめていると、「えっ、そう言うオチ?!」という感じで終わる。

後半ちょっと残念な感じになっていったが、全体的には彼女特有の世界観が味わえる読みやすい短編集となっている。
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海 短編⑩ [文学 日本 小川洋子 短編]


海 (新潮文庫)

海 (新潮文庫)

  • 作者: 洋子, 小川
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2009/03/02
  • メディア: 文庫



1. 海
2. 風薫るウィーンの旅六日間
3. バタフライ和文タイプ事務所
4. 銀色のかぎ針
5. 缶入りドロップ
6. ひよこトラック
7 .ガイド

1は以前読んだ対談集で話題に挙げられており結構楽しみにしていた作品。海が直接登場しないのに海が感じられる作品ということだったが、確かに全く海が登場せず、山へと入っていく話だった。教員カップルが、女性側の実家に結婚の報告へ行く話で、婚約者の女性泉さんは、家族とあまりうまくいっていないようで、その理由を話したがらない。家族は皆良い人なのだがなぜか夕食の席でもイマイチ打ち解けられない。寝る際には、主人公の男性と彼女の弟が一緒の部屋で寝ることになるのだが、そこでの会話で初めて海に関係するものが登場するというもの。この弟ミュージシャンということなのだが実は引きこもり?と思わせる。いろんなことが解決されないまま終わる短編。

2はウィーンへ一人旅に行った女性が、初老の女性と相部屋になり彼女の旅の目的に結局、その旅中全日付き合わされる話。しかも最後の大どんでん返しが面白い。しかしなぜか悲しみが兆しているのは何故だろうか・・・。小川洋子さんはドイツ方面への旅関係の話が結構多い気がする。

3はこれも彼女の作品にはよく登場するタイプライターの話。タイプライターを打つ女性がひそかに、活字管理人に恋をする物語。そんなに近づかない二人だが、なんとなく最後は淫靡な感じがする。

4は超短編。こちらも彼女の作品によく出てくる編み物をする老婆の話。偶然電車内で向かい合いに座った編み物をしている老婦人を見て自分の祖母を思い出す。心暖まる話。

5も超短編。バス運転手一筋に生きてきた男が、幼稚園のバス運転手となり、幼稚園児と心通わす話。結末が心暖まる。

6は、中年男性と話ができない少女との心のふれあいを描いた作品。最後で少女が声を発する場面が感動的でもある。

7は、母子家庭で育つ男の子が主人公。自分の時間を奪われながらも、公認観光ガイドとして一生懸命働く母親を暖かく見守った作品。

どれも今までの小川洋子っぽくない気がする。短編が有名な作家のうまいオチのある作品集のような感じで、彼女の作品としてはあまりオススメしないが、こういう「そう言うオチ?」みたいなのが好きな短編好きには良いのではないだろうか。





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おとぎ話の忘れ物 短編⑨ [文学 日本 小川洋子 短編]


([お]8-1)おとぎ話の忘れ物 (ポプラ文庫)

([お]8-1)おとぎ話の忘れ物 (ポプラ文庫)

  • 出版社/メーカー: ポプラ社
  • 発売日: 2012/04/05
  • メディア: 文庫



文を小川洋子、絵を樋上公美子が担当したコラボ作品。色々な対談や、作家どうしのこうしたコラボ作品など、小川洋子という人は結構だれかの芸術作品を作り上げていくのが好きな人なのではないかと思う。

樋上さんの絵はあまり好きではなかったが物語はそれなりに面白かった。

キャンディー屋さんの主人が、世界中のキャンディーを探し回っているとき、イタリアで落し物をし、現地の落し物センターに行ってみたところ、偶然誰かが書いた物語の紙を見つけ、それがきっかけとなって世界中の落し物センターにある物語を集めるようになったという話。結構な量が集まると、各国の専門家に訳してもらい、装丁なども自分で行い、キャンディーやの奥に、【忘れ物図書室】なるものを作り、読んでもらうという設定。そこで拾い集めたとされる物語が4篇載っている。

1.ずきん倶楽部
2.アリスという名前
3.人魚宝石職人の一生
4.愛されすぎた白鳥

1は童話「赤ずきんちゃん」をモチーフにした作品。最後は結構グロい。
2は「不思議の国のアリス」をモチーフにした、というか題名を借りて色々な作品も織り交ぜながら、動物をうっかり食べてしまった、口に入ってしまった時の子どものとき感じる、焦りのようなものがうまく表現されている。
3は「人魚姫」をモチーフにしたというか、海の中からの視点で描いたもの。幻想的で優しさに満ちた良い話だった。
4は「白鳥の湖」か何かをモチーフにしているのか。短く最後は悲劇的。最後にキャンディーのモチーフが現れるあたりがうまい。

一篇一篇が短く気軽に読める分、そこまで圧倒的な読書体験という感じにはならなかった。
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まぶた 短編⑧ [文学 日本 小川洋子 短編]


まぶた(新潮文庫)

まぶた(新潮文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/04/01
  • メディア: Kindle版



1. 飛行機で眠るのは難しい
2. 中国野菜の育て方
3. まぶた
4. お料理教室
5. 匂いの収集
6. バックストローク
7. 詩人の卵巣
8. リンデンバウム通りの双子

1は、語り手の作家(?)が、ウィーンへ向かう途中の飛行機で隣に座った男に話しかけられ、いつのまにかその人の話に惹きこまれてしまう話。その男もかつてウィーンに向かう飛行機の途中で偶然となりに座った老婆に話しかけられその話に惹きこまれてしまう話。結局その老婆は飛行機の中で・・・。

ハッピーエンドではないのだがなぜか温かい雰囲気がある話。


2は、ある夫婦の話。寝室にあるカレンダーにどちらか付けたか分からないが12日に、何故が綺麗に〇がついている。二人とも無視していたのだが12日、老婆の野菜売りがやってきて、野菜を買ってくれたおまけに、不思議な中国野菜を置いていく。それが段々と育っていき、いつのまにか光りだす。これから先どうやって育てて行ったら良いのか分からないのでその老婆に会いに行くが・・・。

これも不気味な話なのだがなぜか温かい。


3は、貧血で倒れてしまった中年男性と、それを助けた女子(中?)高生の話。男性は船に乗っていかなければならない家に住んでいる。二人は恋人関係のようになるが最後は・・・。『ホテル・アイリス』に近い雰囲気の作品。


4は、ある女性が訪れたお料理教室で初めの授業を受けている最中、排水溝の清掃業者が営業にやってきて、そのまま授業中にもかかわらず2時間近くかけて排水溝をきれいにする話。中にたまっていた部分が次から次へと吐き出され・・・。


5は、匂いを収集する彼女を持つ男が語るストーリー。収集癖、不気味なもの、などなどのテーマが盛り込まれ、最後は少し恐ろし気に終わる。


6は、弟が水泳選手でオリンピック強化選手にも選ばれるが最終的に片腕があがったままになってしまい、どんどん萎えていってしまうという話。同じ話をどこかで読んだ気がするのだが、色々探したが結局見つけられなかった。小川洋子は弟が水泳選手というモチーフを良く用いる気がする。


7は、卵巣から毛が生えてなくなってしまった女性の話。主人公の不眠症の女性と、老婆と家無しの少年が心通わす話で、何故か心があったまる。


8は、男性小説家の話。彼の小説を訳してくれるオーストリア男性の所に、ロンドン留学中にて問題を起こした自分の娘のことを色々対処するためにイギリスへ向かう途中、せっかくだからとオーストリアへ立ち寄りその翻訳家に会う話。その翻訳家は老人で、双子で、彼ら一家はかつてナチスの迫害を受けていたという話。結構シリアスな話だがこれも最後は心温まる。


全体的に怖い話が多いのだが、「まぶた」というテーマを絶妙に織り交ぜながら心温まる世界が作り出されている。やはり上手いなあと思う。

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偶然の祝福 短編⑦ [文学 日本 小川洋子 短編]


偶然の祝福 (角川文庫)

偶然の祝福 (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2004/01/23
  • メディア: 文庫



1. 失踪者たちの王国
2. 盗作
3. キリコさんの失敗
4. エーデルワイス
5. 涙腺水晶結石症
6. 時計工場
7. 蘇生

1は、自分の知り合いで失踪してしまう人が多い、小説家の話。「失踪」というとかなり深刻で大変な事態なのだが、かなり乾いた感じで淡々と語られている。

2は、弟が不良にからまれ殺されてしまったことを発端に様々な悲劇に襲われ、挙句車にひかれ全治三か月の重傷を負った小説家の話。リハビリで病院に行く途中で出会った女性の話を小説にし、プロデビューできたという話。母が宗教にはまっていること、弟が登場すること、主人公が病院に勤めていることなど、小川洋子特有の登場人物設定がこの話でもなされている。

3は、書く事が大好きな少女の家に来た、お手伝いさん、キリコさんの話。主人公の少女にあまり関心を寄せてくれない親に対して、彼女の「書く」という行為を「敬意」のようなものを持って見てくれていたキリコさん。少女に何か問題が起きるたびにその危機を救ってくれるが、キリコさん自体には次々に悲運が舞い込み、結局彼女は短い期間でお手伝いさんをやめてしまう。この少女は大人になり小説家になる(この本全体を読むとそういうことなんだと思う)のだが、そのきっかけを与えてくれたのが彼女だったという愛慕の気持ちから書かれたもののような体裁をとっている。

4は、小説家の前に突如現れた、彼女の小説の一ファンであり、弟の名乗る男の話。若干ストーカー気味なところもあるのだが、主人公の小説家は彼に対して段々と心安らぐ感覚を覚えていく。しかし最終的に彼は彼女の下から姿を消してしまう。ここまで読んでくると、この短編集が実は一人の女性小説家の一生の、様々な時期をクローズアップして描いたものなのではないかということがわかってくる。

5は、飼っている犬が急に体が悪くなってしまい、大雨の中を遠い動物病院へ連れて行く話。小さい息子をつれて大雨の中を歩いてびしょびしょになり、犬も歩けなくなる、という絶望的な状況の中、立派な黒い乗用車が通りかかりある紳士が動物病院へ連れて行ってくれそうになるが、その人自身が獣医だと名乗り、その場で直してくれる話。短いが結構良い話。

6は、不倫相手とのあるホテルの図書館での馴れ初めを語った話。破局へ向かうことがわかっているので読んでいて辛かった。

7は、息子と自分が相次いで体の中に水が溜まるという病気にかかり、挙句自分は声を失ってしまうが、最後は刺繍をしているおばあさんに心を救われる話。この「声を失う」「体のどこかに異常をきたす」「刺繍」というのは小川洋子がよく用いるモチーフだ。

全体的に悲しい話で、シングルマザーの辛い境遇の話なのだが、どこか暖かい雰囲気が漂っていて悪くない。
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寡黙な死骸 みだらな弔い 短編⑥ [文学 日本 小川洋子 短編]


寡黙な死骸 みだらな弔い (中公文庫)

寡黙な死骸 みだらな弔い (中公文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2003/03/01
  • メディア: 文庫



1.洋菓子屋の午後
何年も前に息子を失ってしまった女性がある洋菓子屋に入って自分の過去を回想する話。店に入っても店主がなかなか現れない。ふと気が付くと彼女は電話をしており、電話口で泣いている。かなりしんみりとした味わい深い作品。

2.果汁
高校時代図書館で、突然クラスの女の子から、「今度の日曜日、忙しい?」と声をかけられ、その日曜日彼女の本当の父親と三人でフランス料理を食べる話。数年後に彼は彼女に電話をかけるのだが・・・。これもかなり重いテーマなのだが、何故か読後感は悪くない。

3.老婆J
アパートの主の老婆Jと作家の女性の話。話好きでアパートに庭で家庭菜園をやっている。ある日菜園から手の形のニンジンが収穫され次から次へと出来る。最後は思いがけなく恐ろしい結末。

4.眠りの精
生みの母にすぐに死なれさみしく生きていた男の子に、10歳ぐらいの時に義理の母が出来る。彼女は控えめながらとても良いお母さんで少年と心を通わす。母は父に隠れて小説を書いている。結局数年で父は母離婚してしまいその後母と会うことはなかったのだが、母が書いていた小説が何かの賞を取り彼女のことを知る。青年になった男の子の彼女が出版社に勤めており、それによって義理の母が自殺したことを知る。そして彼女と共に母の葬儀に向かうという話。何となくしんみりと温かい雰囲気の話。

5.白衣
病院で働く二人の女性の会話で始まる。一人はマンションの508号室に住み、呼吸器内科の医師と不倫をしている。彼に離婚を迫るのだがなかなか彼は踏み切れない。そんな他愛もなさそうな会話を交わす女性二人。段々と緊張感が高まり、最後は・・・。とても予想外の最後にびっくりすると共に、本当にそういう結末?と3~4度最後の場面を読み直してしまった。

6.心臓の仮縫い
ある鞄職人の話。心臓が外に飛び出てしまった女性に、心臓を入れる鞄を作って欲しいと依頼され、それに熱中してしまう最後は・・・。という話。これも最後が意外過ぎるが、前話の流れがあったので結構あっさり受け入れられた。

7.拷問博物館
はじめの場面で、今までの話がかなり収斂されている。自分の住むマンションの上で殺人が起き、その取り調べを受けたことを、楽し気に彼に話したことで、彼に出ていかれてしまった女性の話。彼女は外へとあてもなく出ていき、そこで「拷問博物館」を見つける。そこにいた受付のおじいさんに案内され拷問博物館の中を見て回り終わる。

8.ギブスを売る人
拷問博物館にいたおじいさんの半生を、かれの甥っ子の視点で描いた作品。サギっぽいことを何度も行いながらも悪びれることなく嘘で固めた人生を送ってきた男性を描いている。こういう人いそう、と思ってしまった。

9.ベンガル虎の臨終
5の「白衣」で不倫をされた妻の視点で描いた作品。愛人に会いにいこうとするが途中で道に迷ってしまい、「拷問博物館」に迷い込み、7,8で登場した老人と会話をして終わる。

10.トマトと満月
フリーライターの男性があるホテルの紹介を雑誌にしようと、ホテルに訪れると、自分の泊まるべき部屋にある叔母さんがいる。はじめは嫌な気持ちがするが、何度も会ううちにだんだんと打ち解けてくる。彼女は、3,4で登場した女性で自称小説家。最終的には彼女の話がどこまで本当なのかわからないような感じで終わる。8の老人も含め、どこまでが本当でどこまでが嘘なのだがよくわからない。

11.毒草
体が不自由になってしまった高齢女性が、チャリティー・コンサートのパーティーで知り合った若い声楽家のパトロンになり、土曜日だけ一緒に夕食をとるという話。結局最後は自分のわがまま(?)のために若い男は自分から去っていってしまう。最後は結局どうなったの?と読者に疑問を抱かせる終わり方をしている。こちらもどこまでが本当でどこまでが嘘なのかわからない話。

全体がつながりあいながら一つの作品となっており、短編作品集ながら、長編小説を読んでいる感じだった。グロテスクなものも多いが、そこまで嫌感じはせず、どこかやさしさのこもった感じが彼女らしくて良い。かなりおススメの作品。
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刺繍する少女 短編⑤ [文学 日本 小川洋子 短編]


刺繍する少女 (角川文庫)

刺繍する少女 (角川文庫)

  • 作者: 洋子, 小川
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA/角川書店
  • 発売日: 1999/08/24
  • メディア: 文庫



01. 刺繍する少女
02. 森の奥で燃えるもの
03. 美少女コンテスト
04. ケーキのかけら
05. 図鑑
06. アリア
07. キリンの解剖
08. ハウス・クリーニングの世界
09. トランジット
10. 第三火曜日の発作

01はタイトル作品。ホスピスで死を待つ母親の世話をする中で、出会った刺繍をする少女。彼女は昔自分の別荘のとなりに住んでいた喘息持ちの女の子だった。何年も経った後も同じように彼女は静かに刺繍をしていた。そして母親が死んだ日も、彼女のことが気になってしまう自分がいた、という話。淡々としているが、こういう感覚あるよな、と思わせる作品。

02は完全にナチス・ドイツの収容所を意識した作品。恐ろしい収容所ではなく、普通の場所のように「収容所」を描いているところがかえって恐ろしさを演出している。

03はふとしたことから「美少女コンテスト」に出させられてしまった女の子の話。これもありえない話なのでが、こういうことあるよね、と思ってしまうところが不思議。

04はとても恐ろしい話。自分がどこかの国のお姫様だと思い込んだ女性の話で、最後は毒殺めいたことも出てくる。結末がよくわからないがなんとなく恐ろしい。

05も恐ろしい。不倫している男女の女性の視点から描かれて作品で、結末は谷崎潤一郎の『春琴抄』。

06は昔オペラ歌手としてイギリス留学していた叔母さんが、夢やぶれ日本に戻り、化粧品を売って生活している。そのおばさんの誕生日を祝いに、毎年2月12日に訪れる独身男性の視点で描いた作品。この短編集の中では心暖まる作品になっている。

07は堕胎手術を受けた女性の話。何故堕胎しなければならなかったのかは全く書かれていないのだが、それが描かれていないことによってかえって女性の悔しさがにじみ出てきている作品。結構しんみりとした良い作品だ。

08はすこしマゾヒスティックな作品。若干苦手な分野かも・・・。

09も、ナチスの強制収容所に関係する話。強制収容所を生き抜いたフランス系ユダヤ人を祖父に持つ女性の話。小川洋子の『アンネ・フランクの記憶』を先に読んでいたので、楽しみが倍増した。恐ろしい話なのだが、これも少し心暖まる。

10も喘息の少女の話。性愛描写などもあり、結構ひき込まれる。

喘息で始まり喘息で終わる。短編集。恐ろしい話と優しい話が織り交ぜられておりそれなりに楽しめる。
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薬指の標本 短編④ [文学 日本 小川洋子 短編]


薬指の標本(新潮文庫)

薬指の標本(新潮文庫)

  • 作者: 小川洋子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/05/17
  • メディア: Kindle版



再読
表題作「薬指の標本」と「六角形の小部屋」からなる。

 確か「薬指の標本」はフランスで映画化されていたきがする。清涼飲料水を作る工場で働いていた主人公の女性は仕事中に薬指が工場の機械に挟まってしまい先っぽがなくなってしまう。その事件を機に仕事を辞め、あてもなく歩いていたところ、標本作製をしている事務所の事務員募集の案内を見つける。簡単な面接のあと、そこで働くことに。そこで標本作製をしている弟子丸氏と恋仲になり・・・という話。ここまで書くと普通の恋愛話っぽいのだが、そこに色々な要素を混ぜているのが小川洋子っぽい。
 この標本作製所には様々なものが、持ち込まれる。きのこ、昔恋人が自分のために作曲してくれた楽譜、飼っていた鳥の骨、やけどの跡、など。そして弟子丸氏と、昔の事務員や標本作成を依頼した女性の関係性も微妙な感じで犯罪の匂いすら感じさせる。
 そういったものがほとんど解決されることなく主人公の女性が、弟子丸氏にますます絡め取られていくのではないかという不安な気持ちを残したまま終わる。
 結局ここに標本作製をお願いに来る人は、嫌な思い出などをなくしたいのだが、完全にはなくしたくない、という微妙な気持ちを持っているのだと思う。そのへんのモヤモヤっとした感じをうまく物語にしていると思う。

「六角形の小部屋」も同じようなテーマの話。誰にも話せないモヤモヤっとした気持ちを、六角形の小部屋で独り語りしていく人々の話。
 主人公の女性は背中に強い痛みをいつからか持つようになり、それをきっかけにプールに通うようになる。そこで出会ったミドリさんに強く心を惹かれ彼女に尾行するようについていく。そこでこの六角形の小部屋に出会う。
 彼女がそこで語る恋人との話から、彼女の様々な過去の恋愛が明らかになっていき、背中の痛みの原因であろうことも明らかにされる。
 
 どちらの作品も爽快感のある話ではないが、何かモヤっとして何なんだろうという疑問を抱きつつ、自分のことを深く考えさせられる不思議な感じの物語となっている。

p. 94
「いかなる場合でも自分のペースを崩さない、他人の迷惑に鈍感な、こういうタイプの人はどこにでもいる。口ではごめんなさいと繰り返しいながら、心の中では何とも思っていないのだ。」

本当に私の周りでもこういう人間はたくさんいる。こういう人たちに囲まれ苦しんでいる人々のために小川洋子さんは小説を書いているのではないかと思わせるくらい、直接的な優しさではない間接的な優しさを持った素晴らしい小説だと思う。

どちらかといえば、私は「六角形の小部屋」の方が好きだった。
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アンジェリーナ 短編③ [文学 日本 小川洋子 短編]


アンジェリーナ 佐野元春と10の短編 (角川文庫)

アンジェリーナ 佐野元春と10の短編 (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 1997/01/23
  • メディア: 文庫



佐野元春ファンの小川洋子さんが、佐野元春の歌に触発されて作った10の短編を収録した作品。

1.アンジェリーナ
踊れなくなってしまったバレリーナの女性と、男性の心の触れ合いの作品。何となくさみしげな雰囲気が心に残る。

2.バルセロナの夜
図書館を舞台にした、ある恋人たちの悲恋を、幻想的に描いた作品。こちらも余韻が残る。

3.彼女はデリケート
「レンタルファミリー」という仕事をする彼女を持つ男の話。実際そんな仕事はないのだろうが、本当にありそうな職業で、読んでいるうちにどんどん引き込まれる。女優や舞台に立つ女性などを恋人に持つ男性の心境も同じような感じなのだろうなあと思いながら読んだ。こちらも何となく切ない。

4.誰かが君のドアを叩いている
朝起きると自分の足が自分の足でないかのように無感覚になってしまい、ほかの感覚もどんどん失っていく話。後の『密やかな結晶』に近い世界観を持った作品。怖い話なのだが何故か美しい。

5.奇妙な日々
彼女と久しぶりに家でディナーを楽しもうと夕食の準備をしていたら、変なおばさんに家に入り込まれ勝手に電話に出られてしまい、彼女は結局家に現れず・・・。という作品。どこまでが現実でどこまでが幻想の世界なのか微妙な感じの作品。

6.ナポレオンフィッシュと泳ぐ日
水族館巡りが好きな主人公が、学生時代ホテルのバイトで出会った不思議な青年との出会いを切なく描いた作品。それなりに面白い。

7.また明日
小川洋子節満載の、声に偏愛してしまった男の話。最後は自分も声になってしまう。これもある意味『密やかな結晶』に近い感じ。

8.クリスマス・タイム・イン・ブルー
クリスマスの悲しい2つの思い出を綴った作品。これも悲しい作品なのだが何故か暗さがなくどこかしら爽快感が感じられるのは不思議。

9.ガラスのジェネレーション
女の子の、高校時代の辛い失恋を描いた作品。結構ストレートな作品と思って読んでいると、最後で大どんでん返しが待っている。最後のセリフがひねりが効いていてよい。

10.情けない終末
これも、ある女の子の、彼との誕生日にケーキをダメにしてしまった思い出を綴った作品。


全体的に、何かの出来ごとによって、過去の思い出が蘇るという感じの作品が多い。初期作品に特徴的な、人間の残酷性がそこまでなく、ひとつひとつも何となく暖かい雰囲気に包まれており、結構読みやすい作品集。

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完璧な病室 短編② [文学 日本 小川洋子 短編]


妊娠カレンダー (文春文庫)

妊娠カレンダー (文春文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2012/09/20
  • メディア: Kindle版



再読

芥川賞受賞作「妊娠カレンダー」を含む同名の短編集。
1.妊娠カレンダー
2.ドミトリイ
3.夕暮れの給食室と雨のプール

初期の小川洋子さんは、当たり前に存在する食べもの、当たり前に行われている食べ物を食べるという行為に対して、問題意識を向けていたように思われる。

1は、妊娠した姉を、妹が日記形式で描写した作品。非常に冷静な視点で、姉がつわりで苦しむ様子、精神科医に対しては何故か心を開いている様子、農薬まみれのアメリカ産グレープフルーツで作ったジャムが子どもの染色体に影響を与えるかもしれないのに、モリモリ食べる姉を冷静に見つめる様子、「妊娠カレンダー」という題名から想像される愛情深く、生命に対する尊厳みたいなものを全くてテーマにしていない感じがまた面白い。

2は、犬の名前なのかと思っていたが、学生寮のこと。私営の学生寮を経営する両手と片足がない男性が病気になり動けなくなるまでを、昔この学生寮でお世話になっていた女性の視点で描いた作品。夫がスウェーデンに転勤になり、一足先に生活の用意のためにスウェーデンに行ってしまって一人残された妻の、何となく不安で晴れない心を上手く描いた作品。

3は、結婚間近だが、これまた何となく心に引っかかるものがある女性と、ある宗教の勧誘を3歳の子どもとともに行う男性の交流を描いた作品。男性が昔経験した、給食室を見たときに感じてしまったトラウマとプールの授業で経験したトラウマが最後に語られるところは何となく物悲しい。

わかりづらいテーマの作品群であり、人間の残虐な心を結構克明に描いているが、何となく暖かい気持ちになる。
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完璧な病室 短編① [文学 日本 小川洋子 短編]


完璧な病室 (中公文庫)

完璧な病室 (中公文庫)

  • 作者: 小川洋子
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2012/12/19
  • メディア: Kindle版



再読

デビュー作「揚羽蝶の壊れる時」を含む短編集。
1.完璧な病室
2.揚羽蝶の壊れる時
3.冷めない紅茶
4.ダイヴィング・プール

初期の小川洋子さんが問題意識として持っていたであろうことが詰め込まれた短編集。
女性の中にある、妊娠できる体という神秘性に対する恐怖感、食べ物を「物」としていた時に感じてしまう違和感や嫌悪感、孤児院を経営する両親の本当の子供の苦悩、誰もが持っているはずの自分の中にある残虐性にどう向き合うか、異常と正常の境目、などがテーマなのだろうと思う。

一つ一つの描写がとにかく細かく、純文学とはかくありなんといった格調高い文章。非常に読み進めるのに時間がかかった。

1は若くして病気にかかってしまった弟に肉親の情を若干超えた愛情を抱いて世話をする姉の話。「病室の無機質性が逆に心落ち着く」というのも、物があふれガチャガチャした現代社会の中にあっては非常に共感できる感覚だった。

2はずっと面倒を見てきた祖母を老人ホームに入れざるを得なくなり、老人ホームにいれてしまった後の空虚感を描いたもの。

3は何となく馴れ合いで同棲を続けている彼との関係を、同級生の葬式で再開したK君によって見直す話。なんとなく心のどこかに空虚感がある主人公を描いている。

4は孤児院の両親の実の子が主人公の話。孤児院で一緒に育った男の子抱く淡い感情と、小さい子どもたちに抱く残酷な感情を対比的に描いたもの。

どれもこれも難しく、わかったようなわからないような感じなのだが、読んでいる間も読んでいる後も思考を促すブレヒトのような作品集。初めて読むにはお勧めできないが、ある程度読みやすい彼女の作品を読んだ後に読むと結構楽しめる気がする。

「揚羽蝶の壊れる時」より
p.127
「いろいろな方が入ってこられましたけど、特別印象に残っているという方は一人もいないのです。不思議なくらいに。最後の最後の時には、みなさん人間として一番純粋な部分だけを残して、あとは空白になってしまうんですね。性別とか個性とか社会的地位とか、他人から自分を区別する要素なんて無意味になるんですよ。ですから『新天地』に存在する平等はそれはもう完璧なものだと思います。」

p.130
「五年もここで働いていて、彼は適度に食べている自分の正常さを、疑うことがないのだろうか、と思った。彼らははっきり、世話する者とされる者に分かれている。正常な者と異常な者に。~中略~ わたしの中の異常は、どうしてわたしから区別することができないのだろう。何故こんなにも重苦しく、下腹部に吸い付いてくるのだろう。」


「冷めない紅茶」より
p167
「しかし、わたしを本当に不快にさせたのは、ごめんなさいという文字だ。わたしは、空き缶を転がすようないい加減さで、ごめんなさいとか頑張ってとか言われるのが嫌いなのだ。」

上記のすべての言葉に私は同感だ。皆自分が正常だと思っていたり、簡単に言葉を発して相手に何も伝えようとしていない。もっと言葉や自分の異常性に対して敏感になるべきなのでは、と考えさせられた。
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