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いつも彼らはどこかに 短編⑫ [文学 日本 小川洋子 短編]


いつも彼らはどこかに (新潮文庫)

いつも彼らはどこかに (新潮文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/12/23
  • メディア: 文庫



再読

1. 帯同馬
2. ビーバーの小枝
3. ハモニカ兎
4. 目隠しされた小鷺
5. 愛犬ベネディクト
6. チーター準備中
7. 断食蝸牛
8. 竜の子幼稚園

1.ある時から、モノレール以外の交通機関を利用して動き回ることが出来なくなってしまった、スーパーマーケットで食品を試食してもらいながら購入してもらうデモンストレーションガールの女性の話。彼女はモノレールで移動できる距離のスーパーを廻り、仕事をしている。
 静かにひっそりと暮らす彼女はある日、フランスで行われるレースに出場するためにディープインパクトと名付けられた競走馬が空港を飛び立ったという新聞記事を目にする。そしてそこには、ディープインパクトのストレスを緩和するために、ピカレスクコートが帯同馬としてついていっていることを知る。
 彼女が営業で回るスーパーに、頻繁に姿を見せ、試食だけをし、決して購入しない小母さんがいる。ふとした事件をきっかけに、この小母さんと仲良くなる。この小母さんは、フランスに留学経験があり、宝石店を営み、そこで知り合った金持ちの愛人だったらしい。
 この小母さんと主人公を軸に話は進み、そこにピカレスクコートのエピソードが挟まれていく。結局、小母さんの言っていることはどこまで本当か分からないという、小川洋子さんの得意のストーリー。そして主人公も小母さんも同じ日常を繰り返していることを示して終わる。

2.作家と翻訳家の心温まる交流を描いた作品。自分の作品を翻訳してくれる翻訳家と会いたいと思いながらも様々な事情ですれ違い、結局その翻訳家は死んでしまう。死後、その作家は、翻訳家の息子と恋人の元を訪ねる。
 作家は、昔、翻訳家からビーバーの頭の骨をもらう。作家はずっとそれを大事にしている。翻訳家の家を訪れ、近くの森を散歩したり、家の前の池を泳いだりして過ごす。翻訳家の書斎に入ると、ビーバーの齧った小枝が置いてある。
 結局作家は、この小枝を形見としてもらい、頭の骨と共に大事に取っておく。バッハのごルドベルク変奏曲が絶妙な味を出している静かな作品。

3.小さな町で、朝食専門の食堂を営む男の話。この一家は代々、何か大きなイヴェントがあると、中央の広場にあるカウントダウンの数字を変える役割を与えられる。そのカウントダウンの数字は、ハモニカ兎というかつてはこの町に生息していたが、おなかの中にある解毒作用があると言われた胃石を手に入れるために、乱獲されたせいで、絶滅してしまう。
オリンピックにまつわるあれやこれやと、このハモニカ兎の悲しい感じが絶妙に織り込まれたユーモアのある作品。

4.ある小さな美術館の受付で働く女性が主人公。彼女が働く美術館の前に、「アルルの女」を流しながら、走る修理屋がよくやってくる。運転しているのはお爺さん。彼は、たまに、美術館にやってくる。ある日、やってきたお爺さんの靴のソールが取れてしまっている。それをセメダインで直してあげたことをきっかけに、主人公とお爺さんは仲良くなる。その後、再び事件が起こる。今度は、大きい音を立てて階段から転げてしまう。近寄って話を聞くと、彼はいつも一枚の絵しかみておらず、その絵に辿り着くまできつく目を閉じ、毎回同じ歩数で同じ動きをしながら辿り着いているらしい。
 それをきいた主人公は、家で黒い布で目隠しを作ってあげる。それをプレゼントしさらに親しくなる。ある日、美術館の外で二人で座っていると、そこに缶に頭をつっこんでしまった鷺がやってくる。お爺さんは普段見せない機敏な動きで修理屋の車から色々なものを用意し、慎重に鷺から缶を外してあげる。
 本当に何でもない話なのだが、ビゼーの「アルルの女」が今にも聞こえてきそうな感じで良い味を出していた。

5.学校に行けなくなってしまった妹が盲腸で入院することになった。彼女には自分で作ったドールハウスがあり、そこでおもちゃの犬、ベネディクトを飼っている。妹が創り上げるドールハウスの世界。それがドールハウスなのだが、彼女にとってはそれこそが彼女の生きる世界になっていく。テネシー・ウィリアムズの『ガラスの動物園』を彷彿とさせる、美しくも悲しい物語。この作品集の白眉ともいえる。『狭き門』『ブリキの太鼓』からの引用も使われている。
 一点だけ。この作品のp140から何度か「カップボード」という言葉が出てくるのだが、これはcupboardをカタカナ化したものなのだが、発音としては敢えてカタカナするとしたら「カボード」なので、何となく気になってしまった。
 
6.動物園の販売所で働く女性が主人公。出だしが「hを手ばなしてから十七年が経った」で始まる。このhが何なのか最後までわからない。

7.風車小屋の描写から始まるが、はじめはさっぱり状況がつかめない。その風車小屋の男が、蝸牛を飼っており、それをたまに見せてもらう女性主人公が登場するのだが、この人もイマイチ誰なのか分からない。
 読み進めると、彼女は、近くの断食のための病院の患者さんだとわかる。そしてこの風車小屋の男の所に通うのが主人公の女性だけでなく、断食病院のスタッフの女性もいることがわかる。微妙な三角関係が展開される。最後は主人公の女性が良かれと思ってそっとやったことが悲劇を招く。

8.何らかの理由で旅に出られない人の代わりに、ガラス瓶の中にその人に関わるものを入れて旅する女性の話。彼女は昔、6歳の弟を事故で失くしている。その弟の誕生日が3月3日。弟は生前、自分の誕生日ぴったりの賞味期限のものを集めていた。弟が死んでからも彼女はそれを集めている。
 彼女の人のために行っている旅と、彼女の人生が一つに混じり合いながら話は進む。最後は夢か現実か、そのまま天国へ吸い込まれていくかのように終わる。

一つ一つとても優しく美しい物語。

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