生のみ生のままで 下 [文学 日本 綿矢りさ]
無理矢理事務所に仲を引き裂かれ、それぞれが自分のやるべき仕事に尽力する彩夏と逢衣。
彩夏が最悪の状態になったあとの、愛情を二人が取り戻していく過程がとても美しい。
家族に理解されきらない、まわりにふたりの関係を完全にオープンにできない、など同性愛につきものの様々な状況はあるものの、最後は明るく希望に満ちた感じで終わるのがとても良い。
三浦しをん『ののはな通信』、小川糸『にじいろガーデン』そしてこの綿矢りさの『生のみ生のままで』、三冊とも女性による同性愛を扱っているが、『ののはな』は社会的、『にじいろ』は家族的なものに焦点を当てているが、この『生のみ』は完全にふたりの関係に焦点を当てている感じだった。
下巻は一気に読んでしまった。
p.82
「私は完璧じゃない。だから他人にいくら笑われてもしょうがない。でも自分だけは自分を笑っちゃいけない。私の頑張りを一番近くで見ているのは私だから。」
この言葉が物語の展開とは関係なく非常に心に残った。
生のみ生のままで 上 [文学 日本 綿矢りさ]
かわいそうだね [文学 日本 綿矢りさ]
綿矢りさの中編作品2作が載った文庫『かわいそうだね』を読み終わった。
①「かわいそうだね」
②「亜美ちゃんは美人」
①は、アメリカ育ちの帰国子女の彼に、「元カノが住むところがなくて“かわいそうだから”次の仕事が見つかるまでの間、自分の家に泊めてあげて良いか」と言われ、ひたすら悩む主人公樹里恵の心理を描いた作品。
相変わらず綿矢りさの人物が人物を見る描写がとても面白く、人が人を見るときに感じる思いって確かにこんな感じだよなぁとニヤニヤしながら読んだ。
綿矢りさの作品は、なにか困難な状況に陥り、その状況にいろいろと悩み少しずつ行動しながら、最後は決定的な行動に打って出てスッキリ終わるというタイプの作品が多く読後感はとても良い。どこにでもいそうな人物の心情を細やかに描いていて本当に面白い。
②は美人の女の子と友達の女の子の視点で描いた作品。嫉妬の感情を持ちながらも、高校大学社会人と友人関係で居続ける主人公「さかき」。彼女の心の成長を描いた作品でこちらもとても面白い。どちらも読み応えのある素晴らしい作品だった。
ひらいて [文学 日本 綿矢りさ]
三浦しをん『ののはな通信』、綿矢りさ『ひらいて』を続けて読んだ。『ひらいて』は簡単にあらすじを見て、面白そうだから読んだのだが、思いがけない展開だった。
この二つの作品の共通性みたいなものは全く意識せず続けて読んだのだが非常に似通ったテーマで作られている作品だと感じた。
同性愛、愛情のない性行為、自分でも把握しきれない自分の心の中のモヤモヤ、愛情から昇華した心のつながり、まさにプラトン・イックな愛。そして何よりも物語にかなり間接的に影響を与えているであろうキリスト教思想。『ののはな通信』ではののとはなはキリスト教中高の生徒、『ひらいて』では主人公愛は毎日のように聖書を読み、オスカー・ワイルドの『サロメ』なども引用される。どちらの小説も、本当の「愛」とは何なのか、ということを深く考えた作品なのではないだろうか。
途中まで、主人公愛のあまりにも破滅的な行動と、それにつき合わされる優しい心を持ったカップルの様子が、あまりにも痛すぎて読み進めるのが結構辛かった。フランスの自然主義文学を読まされているようなかなり厳しい感じであった。しかしどんどん読み進めるうちにそれぞれの登場人物たちの心的葛藤が明らかになり、彼らがお互いのかかわり合いの中で精神的に成長してく様子が感動的ですらあった。
何とも表現しづらい作品ではあるが、読後感は、内容にしては悪くはない。
綿矢りさの一つ一つに対する物事に対する感性の鋭さや言葉の選び方にはいつも素晴らしいと思わされるが、話のまとめ方もとてもうまいと思う。
けっこう面白い作品だった。
蹴りたい背中 [文学 日本 綿矢りさ]
綿矢りさ、芥川賞受賞作品『蹴りたい背中』を読み終わった。
改めて過去の芥川賞受賞作を見てみたら、今までに5作品しか読んでいないことがわかった。
1949年 井上 靖 『闘牛』
1958年 大江 健三郎 『飼育』
1960年 北 杜夫 『夜と霧の隅で』
1990年 小川 洋子 『妊娠カレンダー』
1996年 辻 仁成 『海峡の光』
この綿矢りさの作品は、2003年、私が大学卒業後の芥川賞受賞作だと知って驚きだった。
芥川賞受賞作と聞くと、何となく読みづらいというイメージがあったが、この作品は全くそんなことはなく、すらすらと読めた。綿矢りさ特有の、社会や人間関係を見る視点がとても新鮮で、すこし覚めた視線が清々しくもある。
結局主人公は、「にな川」に恋をしているのか、そして誰かの背中を「蹴りたい」と考え、それをそのまま実行してしまうあたりがとても新鮮だった。
このあとに書かれた彼女の代表作を先に数冊読んだあとだったので、感動は薄かったが、それなりに色々な意味で面白い作品ではあった。
勝手にふるえてろ [文学 日本 綿矢りさ]
綿矢りさの映画化もされている作品『勝手にふるえてろ』を読み終わった。
基本的には主人公の頭の中をただ文字化しただけの作品。この一人語りに近いような作品でここまで読者を読ませ、情景をイメージさせてしまう、筆者の力量には脱帽する。
そして何となく受動的で人となるべくかかわらず争いを起こさず無難に生きているような気がする主人公が、SNSで同級生になりすまし同窓会を開いたり、妊娠したと嘘をついて会社を休んだりと、二人の人物との恋愛を通して、自分を成長させていく物語となっており、とても興味深く読める。
綿矢りさ作品の女性は、臆病でありながらも強い芯を持っており、いざという時に行動が起こせる人物が多く、あまり性に奔放ではないのも、すごく読んでいて心地よい。
読みやすい作品とは言えないがとても興味深く面白い作品だった。
手のひらの京 [文学 日本 綿矢りさ]
私は谷崎潤一郎の『細雪』が大好きだ。かなり長い作品だが、全く長さを感じさせず、さらに4姉妹が非常に個性豊かに描かれており、谷崎特有の性的な描写も少なく、安心して谷崎の美しい文体とストーリーを楽しめる。
この綿矢りさの『手のひらの京』は綿矢版『細雪』と呼ばれているらしい。ネット情報によると、実際『細雪』と川端の『古都』に触発されて書いたものらしい。
京都で育った三姉妹の恋愛模様を書いた作品だが、細雪同様それぞれが恋愛に対して様々な観点をもっており、実際の恋愛の仕方もいろいろでとても楽しめた。特に次女の羽依の美人だが若干ハチャメチャな感じの恋愛遍歴、それでいて様々なことを敏感に感じ取る感性が絶妙なバランスで描かれておりとても良かった。
綿矢りさの素晴らしいところは、集団で動く女性たちの背後にある心の動きや、その行動を取らせる動機みたいな部分を細かく描くところだ。すごく女性ならではの視点でとても面白い。
結婚適齢期を若干すぎ、恋に若干臆病な感じの大和撫子的な長女綾香も良いが、やはり恋愛にほぼ興味がなく研究に勤しみ、自然の持つ力みたいなものを敏感に感じ取る三女凛がとても魅力的だ。
とても面白かった。図書館で借りて読んだが、所有していても良いと思わせる作品だった。そして川端康成の『古都』もぜひ読んでみたいと思った。
私をくいとめて [文学 日本 綿矢りさ]
ずっと気になっていた作家、綿矢りさの本を遂に読んでみた。図書館で三冊借りてみたのだが、文庫本ではなく単行本しか借りられなかったこの本から読み始めた。
平凡で、ずっと「おひとりさま」で生きてきた32歳の女性が主人公。彼女は、ひとりでいることが心地よいけれども、ひとりでいることに何らかの孤独感を感じている。そんなある日、彼女は頭の中のもうひとりの自分、Aと語り合うことになり、様々なアドヴァイスをもらうことに。読んでいると明らかにこの女性は、HSPだとわかる。対した事件もおこらず、彼女の頭の中でのAとの対話(自分自身との対話)で構成されているこの本。私は結構好きで楽しく読めた。途中主人公が大学時代の友人を訪ねイタリア旅行をする描写があるのだが、そこだけは若干退屈だった。
綿矢りさの、視点や語りの面白さが随所に見られ結構面白かった。