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小箱 長編⑲ [文学 日本 小川洋子 長編]


小箱

小箱

  • 作者: 小川洋子
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2019/10/07
  • メディア: 単行本



久しぶりの長編作品。
最近出版された短編集はもう一歩だなあ、と思うものが多かったが、やはり長編は面白い。

主人公は、何故だか使われなくなった幼稚園を、そのままの形で残して住んでいる、ピアノを弾く女性。彼女は、ここに住みながら、どんどん持ち込まれる死んだ子供の遺品を講堂へ収納しそれを管理している。

人々は死んでしまった子供の髪の毛を弦に用いて、竪琴を作っている。この竪琴はじめ、様々な小さな楽器を耳に当て、「一人一人の音楽会」という丘の広場で催される音楽界に参加する。音楽会とは言え一人ひとりが耳に当てられた楽器が風の音でなるのを静かに聴く音楽会であり観客には音は全く聞こえない。

子供の遺品を見たり、そこに何かを加えたりするために人々はよく訪れるのだが、人々は示し合わせたように、幼稚園で誰かと出くわすことはない。

そんな遺品を管理し、遺品を預けている人々に訪れられる元幼稚園だが、遺品のためではなくここを訪れる人がいる。

バリトンさんと呼ばれる、話し言葉がすべて歌になってしまう男性と、クリーニング屋の女性だ。
バリトンさんは恋人からくる、小さい文字で書かれた暗号のような手紙を解読してもらうために主人公のもとを訪れる。恐らく主人公はこのバリトンさんに恋をしている。
クリーニング屋さんはかつての自分の子どもを懐かしむように、幼稚園の遊具で一通り遊び帰っていく。

もうひとり、主人公の従兄弟で子どもをなくしてしまい、その子供がかつて歩いたところ以外は歩けなくなってしまった、美味しい移動式お弁当屋を自転車を使って営む女性が出てくる。主人公は彼女のために図書館から本を毎週借り出してあげている。

とにかく少ない登場人物で、特に目立った出来事は起こらないし、はっきりと子どもたちがいなくなってしまった理由なども語られず、淡々と進んでいく物語。バリトンさんの恋人がなくなってしまう部分も全く劇的ではなくとにかく静か。

静かな静かな物語だが、何となく胸をざわつかされる物語だ。


印象に残っている言葉たち。

p117
「結局は、どれを選んだっていいのよ。人間より長生きしているというだけで、大事な本だと証明されているのと同じだから。」
「今、自分が読んでいるのと同じページを、今はここにいない誰かも読んだ、と思うだけで安堵できない?」

p128
「繰り返し見ているうちに、実はほんの少しずつ、どこかが変わっているのかもしれない」
「いや、あまりにもわずかずつ、沈黙のうちに現れる変化だから、気づかないのよ」
「ええ、何度も何度も何度も何度も時間を巻き戻しているうちに、過去と自分の我慢比べになって、とうとう過去の方が先に力尽きるの」

記憶の大切さと儚さを表す言葉たちのように思える。
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琥珀のまたたき 長編⑱ [文学 日本 小川洋子 長編]


琥珀のまたたき (講談社文庫)

琥珀のまたたき (講談社文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2018/12/14
  • メディア: 単行本



再読 私が前に書いたのとほぼ同じ感想を持った。小川洋子さんという人は、犯罪的行為を描いても、どこか優しさを持って描いてしまう人なのだなあと改めて感じた。

前に書いたブログの内容。
実の母親に監禁される(外に出てはいけないと言われそれを忠実に守る)子供たちの物語。これだけを読むと非常に暗いイメージを持ってしまうのだが、読んでいて暗い印象は全くない。その閉じられた空間で、しかも限られた姉・弟・弟という三人の人物だけで、ここまで世界が広がっていくのか、とびっくりしてしまうほど広大な世界が広がっている。
しかし閉じられた空間というのはどうしても外部からのちょっとした侵入で壊れやすくなる。
草を狩るためにこの世界に連れてこられたロバ
前の住人に対して営業をかけていた男
彼らが入り込むことで絶妙に保たれていたバランスが見事に崩れ出す。

いつも書いていることだが、特別であること、グローバルであること、外の世界に開かれていることが賞賛されるこの世の中において、普通・平凡であること、同じことを繰り返すこと、閉じられていることなどの、美しさ・愛おしさにスポットをあて、ことさらそれを賞賛するでもなく、そっと読者に提示する、小川洋子さんの優しい世界が私は大好きである。

私が読んだ本は文庫なので、最後に解説が付いている。
大森静佳(歌人)さんという人が書いているのだが、その最後に次のような一節がある。本編ではないが、この作品のすばらしさを非常に簡潔に言い当てている文なので紹介したい。

「声の大きいひとの言うことが広く「真実」にされてしまいがちなこの現実において、『琥珀のまたたき』のような物語に耳を澄ませる時間が、どれほど貴重で、愛おしいか。この小説を読んで、私はまた少し、人間を、そして物語というものを好きになった気がする。」

今回読んで、死んでしまった四番目の女の子の存在が、この家族の中でとても大きな存在だったことに意識がかなり向いた。自分の子供が成長したことで、「子どもが死ぬ」ということに対する感じ方が少し変わったのかもしれない。そして、長女オパールに寄せる、淡い恋心に似た琥珀の気持ちも繊細に描かれており、興味深かった。さらに、この本の語り手(?)の、元伴奏ピアニストは誰なのか、という若干ミステリー的要素(結局最後まで明確にはわからないが・・・)も楽しめた。
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注文の多い注文書 長編⑰ [文学 日本 小川洋子 長編]


注文の多い注文書 (ちくま文庫)

注文の多い注文書 (ちくま文庫)

  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2019/06/11
  • メディア: 文庫



小川洋子さんと、クラフト・エヴィング商會なる人たちの共著。
小川洋子さんが、探しものをしている人物に関する物語を書き、それに対する返答をクラフト・エヴィング商會なる人たちが書いている。
小川洋子さんの、小説は普段と違うテイストで結構味があるし面白い。それぞれの物語は、実際にある小説をもとに作られており、その試みがまた面白い。

case1 人体欠視症治療薬
case2 バナナフィッシュの耳石
case3 貧乏な叔母さん
case4 肺に咲く睡蓮
case5 冥途の落丁

1は、川端康成の「たんぽぽ」という未完作品を基に作られた物語。恋人の体に触れてしまうと、その触った部分が見えなくなってしまうという病気に罹った女性の話。この病気を治す薬を探して欲しいとクラフト・エヴィング商會に依頼する。何となく初期の長編の傑作『密やかな結晶』を彷彿とさせる内容。結末があまりにも悲しい・・・・・・。小川洋子作品にはあまり見られない口調で語られているのが読んでいて何となく違和感があった。

2は、『ライ麦畑でつかまえて』を書いたサリンジャーの「バナナフィッシュにうってつけの日」を基に作られた物語。「サリンジャー読書クラブ」の会員がサリンジャー作品をいろいろ読み、裏にあるメッセージを読み解くうちに「イヤー・ストーンズ」なる言葉に行き着く。さらに色々探るうちにうなぎの「ジセキ」つまり「耳石」というものがあることを発見し、これをクラフト・エヴィング商會に探してくれるよう依頼する。結局最後は、クラブの内輪もめとなり・・・・・・。組織というもののよくある結末を描いた作品と言える。

3は、村上春樹の「貧乏な叔母さん」を下地にした作品。二人暮らしだった祖父を失ってしまい、悩み苦しむ青年のもとにやってきた背後霊のような叔母さん。彼が元気になるまではいてくれたが、少し元気になるとふっといなくなってしまった彼女を探して欲しいという依頼。
 時間を超えたタイムトラベル的な作品となっており、こういうものはイマイチ頭の整理がしきれない。しかしこの叔母さんかなり優しく、村上春樹作品が下地とは思えない。小川洋子さんの手によって相当優しくされたのだろうと想像される。

4は、ボリス・ヴィアンの「うたかたの日々」をベースにした作品。目の見えない指圧師と標本を扱う指圧師のお客さんと、指圧師のビルの下の階で古本屋を営む男性の心の交流を描いた作品。結構感動的な作品。

5は、内田百聞の「冥途」という作品を扱った作品で、この作品の初版の古書をめぐる作品。『ビブリア古書堂』シリーズに出てきそうなミステリアスな展開で結構面白かった。

普段の小川洋子作品には見られないような雰囲気や展開の作品もあり、面白かった。
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ことり 長編⑯ [文学 日本 小川洋子 長編]


ことり (朝日文庫)

ことり (朝日文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2016/01/07
  • メディア: ペーパーバック



再読

淡々と静かに穏やかな日常が描かれて終わる小説という印象だったが、後半が全く違い圧倒的だった。

幼稚園の鳥小屋の掃除を長年おこなっていることで、「小鳥の小父さん」と呼ばれるようになった主人公と、11歳を超えたあたりから、人間の言葉ではなく、自分独自の言葉、ポーポー語を話すようになったお兄さんの話。

ポーポー語は、本人と鳥と弟だけがわかる言葉。何とかもとのことばを取り戻させたいと考える母親はありとあらゆる手を尽くすが、うまくいかず、兄弟が若い頃に血液の病気で死んでしまう。その後大学教授だった父親も、ゼミ合宿で海に溺れて死んでしまう。

二人になってしまった兄弟は、小さい商店だったのがいつからか薬局になってしまったお店で買う、「ポーポー」というキャンディを水曜日に買い、お昼には二人で決まったサンドイッチを食べ、夜にはラジオを聞き寝る・・・という規則正しい生活をして幸せに暮らしていた。

小鳥の小父さんも、ゲストハウスの管理人を勤めながら、毎日同じリズムで静かに繰り返される生活を営んでいた。しかし、お兄さんが、幼稚園の鳥小屋の前で死んでしまったことをきっかけに、小鳥の小父さんから平和な日常がどんどん奪われていく。

お兄さんがなくなってから通うようになった図書館で出会った、若い女性司書に対する淡く静かな思いも、突然司書がやめてしまったことで奪われてしまう。
ずっと勤めていたゲストハウスも、いつの間にか、誰でも入園可能なバラ園になってしまい、静かな空間ではなくなってしまう。
その後、幼女誘拐事件が起き、その犯人として疑われたことにより、お兄さんがなくなって以来続けていた幼稚園の鳥小屋の仕事も奪われてしまう。ずっと味方でいてくれた幼稚園の園長もすでにやめてしまっており、ボケてしまっているような状態らしい。
さらに、誇りを持って続けていたゲストハウスの管理人の職も奪われてしまう。

初めはゆっくりとした展開で、読み進めるのにも結構苦労したが、後半、どんどん平和な日常が奪われて行き始めると、悲劇的な感じなのに、ページを進む手が止められない状態になってしまった。

最後の、メジロの鳴き合わせ会で最後に取った小鳥の小父さんの行動が静かながら、感動的だった。
小父さんと図書館司書の暖かな心のふれあい、あっけない別れが、とても美しく切ない感じで良かった。

静かに生きることの美しさ、それを奪われていくことの悲しさ痛みを描いた、この作品。とても良かった。
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最果てアーケード 長編⑮ [文学 日本 小川洋子 長編]


最果てアーケード (講談社文庫)

最果てアーケード (講談社文庫)

  • 作者: 小川洋子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2015/06/12
  • メディア: Kindle版



ある町にあるアーケードの大家さんの娘が主人公。彼女が16歳の時、町の半分が焼ける大火事があり、その時父親は死んでしまったらしい。アーケードも焼けてしまったらしいが、すぐに町全体とともに再建され今も彼女はそこに住んでいるらしい。

そのアーケードの中にある、いろいろなお店のエピソードを綴った作品。これも一続きの長編の形はしているが、短編集の趣が強い。小川洋子さんの作品はこういう短編があるテーマで結びついた長編の形をしたものが多い気がする。

1.衣装係さん
レースを専門に売るお店に来る、劇場の衣装係をしていた女性の話。彼女はよくこのお店で買い物をし、それを主人公が彼女の家まで届け、そこで簡単なお話をするうちに、彼女のいろいろな過去が分かっていくという話。最後衣装係の女性は死んでしまい、それを発見するのが主人公なのだが、何故か悲劇めいた感じはない。

2.百科事典少女
このアーケードには何故か、図書室のようなところがあり、アーケード内で買い物をした人は誰でも利用できるものらしい。主人公の友人で、買い物はしていないのだけれどよくこの図書館を利用する女の子(Rちゃん)がいて、彼女はよく百科事典を開いていた。最後の「ん」の項を見るのを楽しみにしていたが、内蔵の病気に罹って死んでしまう。その後この子の父親がやってきて、百科事典を「あ」の項から一つ一つノートに書き写していく。女の子が楽しみにしていた「ん」の項にある。「んごま」という南アフリカの太鼓の項を書きおわると、その人は姿を見せなくなる。

3.兎夫人
義眼屋にやってくる、夫人の話。彼女は「ラビト」という兎?の義眼を作りたいとやってくるのだが、いつも買わずにおしゃべりだけして帰っていく。しかも店主の青年が、実際作るのであれば実物の兎が見たいので連れてきてくれといっても、連れてこない。
ある日、義眼屋の青年は結婚のため店をお休みする。その日に夫人がやってきてしばらく店の前で佇んでいる。その後彼女はやってこない。

後日談が何とも印象的・・・
「ラビトというあだ名の男の子が、Rちゃんと同じ病院で、同じ頃死んだ、という話を紳士おじさんから聞いたのは、兎夫人が姿を消したあと、随分経った時分のことだった。

4.輪っか屋
ドーナツ屋にやってくる、元体操オリンピック選手を名乗る女性の話。彼女はドーナツを買って、店主とおしゃべりをして帰っていく。二人は婚約する。しかし、図書室に置いてある百科事典のセールスマンとの会話をきっかけに、この女性が元オリンピック選手を騙りドーナツ屋を騙していたことがわかる。そしてこの女性はアーケードから姿を消す。のちのち、彼女は結婚詐欺で刑務所に入っていたらしいという噂を聞く。その彼女が再びこの界隈に姿を見せているらしいという噂が流れ、偶然主人公の女の子は彼女と出くわす。そこで、ドーナツの形の体操技を見せてくれと、頼むと彼女はやってくれる。それ以来彼女はアーケードのそばをうろつくことはなく、ドーナツ屋も静かに営業を続けている。

5.紙店シスター
レターセットや万年筆を売るお店の話。レース屋をしている男性とは姉と弟の関係。お客さんが買った絵葉書から、主人公の絵葉書の思い出が回想される。

主人公の女の子は、病気だった母親のお見舞いに病院へ行っていた。そこで知り合った雑用係さん。彼は一人でひっそりと暮らしていた。彼は郵便の仕分けなどもしていて、その仕分けをしているところに立ち会ったことがあった。雑用係さんにも一通、お姉さんからの手紙が来ていたが、よくよく聞くと、天涯孤独の身の雑用係さんが、自分で自分に宛てた手紙だということがわかる。主人公の女の子は文字も書けないのに、「私、お家に帰ったら、おじいさんに葉書を書く」と言ってしまう。しかしその後すぐに母親は死に、その雑用係さんに手紙を書く事もなく、会うこともなかった。

6.ノブさん
ドアノブ専門店の話。その店には、様々なドアノブがある中、雄ライオン彫刻付きのドアノブ&ドアがあり、そのドアを開けると、小さな空間がある。主人公は、安らぎを得られる場所としてそこに入りこむ。これも小川洋子さんが、テーマの話だと思う。外から隔絶された、静かな安らぎを得られる自分だけの小さな小さな空間。私はこうしたものにかなり共感を覚えてしまう。

7.勲章店の未亡人
勲章、いわゆるトロフィーとかメダル?、のお店の話。表彰式が好きだった店主の男性が死んでしまい、それを引き継ぐ形でやっている未亡人。彼女は勲章の買取はやっていないのだが、なぜだか皆色々持ってくる。ある日、ある詩人の息子が、「親父の形見」といって八角形の勲章を持ってくる。
主人公の女の子は、その詩人の本を借りに、久しぶりに町の図書館へ行く。紙ベースの貸出カードを出すと、古いから使えないと言われ、新式のプラスチック製のカードに変えられてしまう。この最後のやりとりが何ともノスタルジックで美しい。

8.遺髪レース
1で出てきたレース屋にまつわる、死んだ人の髪を用いてレースを編み思い出の品にするという話。この遺髪専門のレース編みと主人公の女の子の触れ合いを描いた作品。

9.人さらいの時計
アーケードの中央にある時計の話。この時計が動くところを見るとさらわれてしまうという伝説があり、皆恐れている。そこから話は転じ、主人公の女の子はいつからか、買い物客のあとをつけるという謎の行動を行うようになる。ヴァイオリンを持った大学の社会学部の助手のあとを付けた時の話。物語に、そのヴァイオリンが絶妙な役割を果たす。若干幻想的な話で、いろいろな要素が混じったストーリーになっている。

10. フォークダンス発表会
最後に16歳の時に起こった火事について語られる。自分の優しさが悲劇を生み出してしまったのではないかと苦しむ主人公の女の子の気持ちが淡々と語られる。様々な登場人物が最後に登場する。

最終章の緊張感と何とも言えない世界観が素晴らしい。最後の章を読むと、もう一度初めから読みたくなる作品。それくらい最後の章はインパクトがある。

ここに登場する人たちは、主人公含めあまり性別がわからない人が多い。話し方も含めすごく中性的な感じで、彼・彼女という代名詞がなければほとんどわからない。これも時代を反映しているのか・・・。
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人質の朗読会 長編⑭ [文学 日本 小川洋子 長編]


人質の朗読会 (中公文庫)

人質の朗読会 (中公文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2014/02/22
  • メディア: 文庫



再読

ある国で武装集団に人質として捕らえられてしまった日本人8人が、捕らえられている場所で、それぞれの思い出話を紙に書いて発表しあう、という設定。長編小説とは言え、短編小説としても楽しめる。

始めて読んだときは、「彼女のほか作品に比べるともう一歩の感があった」という感想を持っていたようだが、再読して結構楽しめた。

第一夜:杖(53歳女性)
小さい頃、自分の家の前に工場があり、夏休みのある日、この工場に勤める男性が公園で足を挫いてしまって困っているのを助ける。大人になって、生死をさ迷う交通事故にあった時、夢でこの助けた男性が現れ自分の足を直してくれる。目が覚めると、切断寸前だった足を切らずにすんだことがわかる。

第二夜:やまびこビスケット(61歳女性)
あまりコミュニケーション能力が高くない彼女は、「やまびこビスケット」という本当にビスケットしか売っていないお菓子メーカーに勤める。彼女は工場近くの安アパートに部屋を借りるのだが、そこの大家さんがお金にがめつく、整理整頓を信条とする女性。ある日庭で転んでいる大家さんを助けたことがきっかけで、たまに工場で売ることが出来ずはねられたビスケットを1ヶ月に一度一緒に食べるようになる。ある日、大家さんが部屋で静かに心臓発作でなくなっているのが発見される。テーブルの上には、一緒に食べた「やまびこビスケット」が並んでいた。彼女はそのビスケットをそっと持っていき、お守りにする。

第三夜:B談話室(42歳男声)
ある日、外国人が道に迷っていたので、目的地の公民館に案内してあげる。帰ろうとすると、受付に座っている女性に手招きされ、B談話室で行われる会に参加するよう促される。そこは地球から絶滅しようとしている言語を救う友の会の会合らしい。その会合に出て不思議な体験をした後も、このB談話室で開かれる不思議な会合にそっと入って時間を過ごすようになる。ある日、子どもをなくした親の会の会合で何とも言えない体験をした彼は、その体験から作家になる。

第四夜:冬眠中のヤマネ(34歳男声)
売れない寂れたメガネ屋の息子が、目医者になるよう、母親に促され、私立の中高一貫高に入る。登校中、汚く不格好な手作りの動物のぬいぐるみを売っているおじいさんの出店を見つける。一番初めに立ち寄ったときに見た「冬眠中のヤマネ」ぬいぐるみがとても印象に残っているが購入することはなかった。
ある日曜日、クラブ活動で野球の練習試合で学校に向かう途中、おじいさんがいる店の周りでがやがやしているのを見つけ行ってみると、何かのイベントがあるらしい。そこで何故か、おじいさんを背負って階段を上る競争に参加することに。競争が終了するとおじいさんは感動してしまい、自分をおぶってくれたお礼に、「冬眠中のヤマネ」をプレゼントしてくれる。彼は目医者になった今も、ずっとお守りとしてそのぬいぐるみを大事にしている。

第五夜:コンソメスープ名人(49歳男声)
父親の経営する工場で突発的な事故が起こり、その対応に母親も行かねばならず、一人でお留守番をすることになった8歳の少年の話。玄関のベルがなっても、絶対にドアを開けない、という約束をし出て行く母親。その直後に、隣の亡くなった大学教授の娘が窓をコンコンと叩いてやってくる。自分の死にそうな母親のためにコンソメスープを作りたいのだが、家のガスレンジが壊れてしまって作れないので貸してほしいということだった。少年の家でコンソメスープを作るその娘さん。それを眺める少年。途中で鍋に温度計をさして持っている役目をする少年。最終的には黄金色のスープが出来上がり、少しもらって飲む。その3日後、娘さんの母親は亡くなる。

第六夜:やり投げの青年(59歳女性)
ある貿易会社の事務員として勤める女性。彼女は夫を病気で亡くし、それ以来一人で毎日同じリズムで広やかに暮らしている。そんなある日、電車にかなり長い棒のようなものを持った青年で入ってくる。周りの客は迷惑そうに彼を見る。彼が電車を降りる手助けを、人知れず行い、そのまま彼についていく。着いた先は陸上グランド。彼は槍投げの選手だった。彼の練習を半日間見る。それ以来彼には会っていないが、その日の思い出が彼女を支えている。

第七夜:死んだおばあさん(45歳女性)
バッティングセンター、バッティングをしていた時、ある男性に「あなた、僕の死んだおばあさんにそっくりなんです。」と話しかけられる。その後何度か偶然会った時、彼の死んだおばあさんの話を聞く。いつの間にか、彼とは合わなくなる。その後7年後、いきなり止まってしまったエレベーターの中で、偶然居合わせた女性から同じように、「死んだおばあさんにそっくりなんです」と言われ、彼女のおばあさんの話を聞く。その後も何度も同じように「死んだおばあさんそっくりなんです」と言われる。しかし彼女は決しておばあさんには、なれない。彼女には自分の子供ができないからだ。

第八夜:花束(28歳男声)
ある男性用スーツ専門店で働くアルバイトの男性。彼はあまり目立つことなく仕事をしていたが、あるお客さんに贔屓にしてもらう。その人は、葬儀屋につとめており、なくなった方の棺桶に入れる、新しいスーツを選んでいく。そんなバイトの彼が、バイトを辞める日、そのお客さんが訪ねてきてくれて大きな花束をくれる。その花束から、昔の自分の忘れられないひどい思い出を思い出してしまう。最後は道端にあった死者に送られた萎れてしまった花束を、取り除き、自分がもらった大きな花束を置いていって終わる。

第九夜:ハキリアリ(22歳男声)
武装軍団の動きを知るために盗聴していた現地政府軍の兵士の話。昔暮らしていた自分の家に、フィールドワークをしていた日本人の研究者三人が来て、日本人のノーベル賞受賞スピーチをラジオで聴かせて欲しいと頼まれた時の話。

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原稿零枚日記 長編⑬ [文学 日本 小川洋子 長編]


原稿零枚日記 (集英社文庫)

原稿零枚日記 (集英社文庫)

  • 作者: 小川洋子
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2014/05/31
  • メディア: Kindle版



私は日記形式の文学が苦手だ。名作と言われるゲーテの『若きウェルテルの悩み』も3~4度読んでも全く楽しめないし、梨木香歩の『家守奇譚』もかなりきつかった。

そしてこの作品も題名通り日記形式で、初めはかなりきつく、この調子で250ページ以上読まなくてはいけないのか、と結構げんなりしていた。

しかし、子どももいないのに、近くの小学校の運動会に紛れ込んだり、役場の生活改善課というところからやってくるRさんへの淡い恋心を含んだやりとりであったり、「あらすじ係」としての仕事の描写であったりという少し長めのエピソードが入ってくると段々と面白くなってきた。

よく読むと、母親の病気、赤ちゃんと母乳、アウシュビッツ、人と交流することに対する苦手意識など、小川洋子ワールドが随所にみられる作品ではあった。

「読み返したい」と思うような作品ではないが、それなりに楽しめはした。
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猫を抱いて象と泳ぐ 長編⑫ [文学 日本 小川洋子 長編]


猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)

猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2012/09/20
  • メディア: Kindle版



再読

実はこの本をもう一度読んでみたくて、せっかくだから、ということで、小川洋子さんの作品を出版順に読んでいこうという今年のプロジェクトを始めた。

だからこの本を再読するのを楽しみにしていた。実は今までも結構再読していた本はあったのだが、ユゴーの『レ・ミゼラブル』、アナトール・フランスの『神々は渇く』など、初めて読んだときはすごく面白かったのに、二度目はそうでもなかったという作品は多い。

そこでこの本も読んでみたら、あまり面白くなかったということにならないか、という不安があったのだが、『博士の愛した数式』同様、かなりかなり面白かった。

上下の唇が閉じた状態で生まれてしまい、それを切った部分の肌を修復するために、足のすね部分の皮膚を移植したため、唇から毛が生えてしまう少年。彼はそれによって若干いじめられていたのだが、ある事件をきっかけに熱中するものを見つける。それがチェス。

使えなくなったバスの中に住む、甘いもの大好きで優しい太った叔父さん、マスターにチェスを教えてもらい、どんどん上達していく。しかし彼はチェスの次の手を考える際、机の下に潜り込みポーンと名付けられた猫を抱かないと落ち着けない。この机の下に潜り、チェスを指すスタイルが生涯の彼のチェスの指し方となる。

彼は人生において様々なトラウマを抱える。
○彼が小さい頃家族で行っていた屋上に住んでいた象が大きくなりすぎてエレベーターに乗れず、行く予定だった動物園に行けずそのままデパートの屋上で死んでしまったこと。
○マスターがバスの中で死んでしまい、その死体を出そうとしたが、ドアから出せずバスを壊して吊るすようにしてマスターの遺骸を出したこと。
○彼が使っている箱型のベッドに挟まれて出られなくなってしまった想像上の女の子ミイラ。

こういったトラウマや、ひとつのところで静かに生きるということをテーマに、チェスを真ん中に置きながら美しく物語は展開していく。

別に国際的に活躍しなくても、自分だけの世界で小さく生きても、美しく懸命に生きればそれで良いのだということを優しく教えてくれるこの作品。本当に素晴らしく、大好きだ。

この本は、「この瞬間が彼の人生に決定的な役割を果たした」というような描写が多く、面白いなあと思って読んだ。

p.11
「後の人生を考えれば、屋上でのエピソードは実に象徴的な記憶として役割を果すようになるのだが、もちろん少年にはそんな予感さえなく、自分の心の何が象と通じ合うのか説明するだけの言葉も持っておらず、ただインディラ(象)臨終の地に立ち尽くすだけなのだった。」

p.33
「「慌てるな、坊や」
 男は言った。
 それは行こう、男が少年に向かって幾度となく繰り返すことになる台詞だった。慌てるな、坊や。その言葉と声のトーンは、生涯を通して少年の警句となり灯台となり支柱となる運命にあった。しかしもちろんその時少年は、男の一言がもたらす意味についてなど知るよしもなく、ただ自分の体勢を立て直すだけで精一杯だった。」

p.65
「少年は生涯を通し、その日曜日の出来事を繰り返し思い返すことになる。他の思い出たちとは違う別格の小箱に仕舞い、何度でも開けてそっと慈しむことになる。~(中略)~ あの柔らかい冬の日差しに包まれた回送バスでの一局をよみがえらせ、マスターが教えてくれたチェスの喜びに救いを見出すことになる。」

p.116
「あの日の夕方、なぜ自分はあんなにも泣いてしまったのだろうと、生涯少年は考え続けた。もしかすると自分は何かを予感していたのかもしれない。あの日の夕方が、回送バスでマスターと一緒に過ごす最後の日になったのだから、自分の予感は正しかったのだ。」


そして心に残る言葉たち
p.103
「最強の手が最善とは限らない。チェス盤の上では、強いものより、善なるものの方が価値が高い。」

これはチェス盤の上だけではなく、すべての事柄に言えることだと思う。


p.126
「マスターを失ってから、リトル・アリョーヒンが最も恐れたのは、大きくなることだった。」
「”大きくなること、それは悲劇である”」

私も小さい頃から体が小さく、小さい組織の中で生きることを好んできた。大きな世界に入ることには恐怖感がある。そして大きくなることに全く良さを感じてこなかった。私はこの言葉にいたく共感し、感動してしまった。


pp346~347
「「もしあなたが物足りなく感じていたら気の毒だと思ったの。まだ若いんだし、人生最強の時をこんな山奥で・・・・・・。」
 ~(中略)~
 「皆、自分に一番相応しい場所でチェスを指しているんです。ああ、自分の居場所はここだなあ、と思えるところで」」

この箇所もとても共感した。ひたすら国際化を訴え、世界に飛び出る若者を生み出そうと汲々としているが、人はそれぞれがそれぞれに与えられた輝ける場所がある。世界で活躍するから偉いわけでもないし、地元でしか生きたことがないから格好悪いわけではない。それぞれの人にはそれぞれの人の与えられた場所が有り、それぞれの幸せがあるのだ。

本当に素晴らしく感動的な本だった。

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ミーナの行進 長編⑪ [文学 日本 小川洋子 長編]


ミーナの行進 (中公文庫)

ミーナの行進 (中公文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2009/06/01
  • メディア: ペーパーバック



再読

谷崎潤一郎賞受賞作ということで昔読んだのだと思う。その当時はとても面白くどんどん読めてしまった。コビトカバが出てきたり、芦屋の裕福な洋館での少女二人の心の交流がとても面白く、図書館や本も物語の展開に重要な要素だったので、かなりあっという間に読んでしまった印象があった。

最近仕事が忙しく、肉体的にも精神的にもかなり疲れている、というのはあるのかもしれないが、読むのにかなりの時間がかかってしまった。基本的には平和な感じで物語は進み、小川洋子さん特有の毒々しい感じや静謐な感じもあまりなく、穏やかな展開なのも読みがゆっくりになってしまった原因かもしれない。谷崎潤一郎賞受賞作という先入観があるのかもしれないが、彼の代表作『細雪』を彷彿とさせる、平和ながらもそれぞれの登場人物の内的葛藤があり、その内的葛藤をしっかり描いているという点ではかなり良作だとおもう。

今回読んでみて、細かいところはなんにも覚えていないんだなあ、と思った。ミーナのお父さん、つまり主人公朋子の叔父さんは、家にあまりおらず、恐らく不倫をしていたり、朋子がミーナのために、叔父さんの経営する工場見学をし、その後ちょっとした冒険をしたり、星の観察に出かけたり、最後は火事騒動に巻き込まれてたり、後半こんなに色々な事件が起こったっけ???という感じだった。

とにかく前半のゆったりとした展開を、後半スピードを上げてまとめあげていく感じがとても良かった。谷崎潤一郎の『細雪』、綿矢りさの『手のひらの京』をもう一度読んでみたくなるとともに、この物語にも出てくる川端康成の『古都』も読んでみたいと思った。

p.332
「何の本を読んだかは、どう生きたかの証明でもあるんや。これは、君のもの」
これは、朋子がひそかに心寄せる、図書館員のお兄さんの言葉で、引越しするために図書館に来られなくなった朋子に図書館の貸出カードをくれる場面。
今は全て電子化されてしまってこの場面が映像としてイメージできない人が多いと思うのだが、とても良い場面であり良い言葉だと思う。本はその人の思想を明確に映し出すという理由もあるらしいのだが、図書館の貸出記録のようなものは、どんどんコンピューター上から消されていくらしい。アナログにはアナログの良さがあるよな、と改めて思った。
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ブラフマンの埋葬 長編⑩ [文学 日本 小川洋子 長編]


ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)

ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/04/13
  • メディア: 文庫



再読

一度読んだはずなのだが、何故か筋をほとんど覚えておらず新鮮な気持ちで読めた。

彼女のエッセイをいろいろ読んだあと読むと、愛犬ラブラドールレトリーバーのラブがこの作品に間違いなくインスピレーションを与えたのだろうと思う。

物語は、〈創作者の家〉というある出版社の社長がなくなったあと、芸術家であれば誰であろうと使用して良いという別荘のようなところを管理する青年が、得体の知れない犬のような動物を見つけブラフマンと名付けるところから始まる。

特に対した事件は起きないのだが、この村を流れる泉の水が盗まれそうになり、秋の訪れる強い季節風が過ぎた後、青年が密かに心を寄せる雑貨屋の娘と車に乗り、話をしている時に悲劇は起こる。

初めて読んだときにも書いたが、圧倒的なおもしろさや感動的な感じではないが、なんとなく心が暖まる中編。
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博士の愛した数式 長編⑨ [文学 日本 小川洋子 長編]


博士の愛した数式(新潮文庫)

博士の愛した数式(新潮文庫)

  • 作者: 小川洋子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2012/07/01
  • メディア: Kindle版



再読

一番初めにこの本を読んだとき、何故この本を手にとったのか全く覚えていない。題名だけ見れば全く興味を惹かれるものではないし、あらすじなどを読んでも全く面白そうでもない。もしかしたらTokyo FMの小川洋子さんの番組「メロディアス・ライブラリ」を聴いて彼女に興味を持ち、彼女の代表作のこの本を読んだのかもしれない。

とにかく彼女の著作との出会いがこの本で正解だった。初読の時もとても面白いと思った覚えがあるが改めて読んでみると非常に面白い。あの後、この本の誕生秘話のようなエッセイも幾つか読んだし、参考文献に挙げられている『数の悪魔』『フェルマーの最終定理』も仕事の関係で読んだし、あとがきを書いている藤原正彦さんの著作も読んだので、様々なエピソードや細かい描写をさらに楽しんで読むことができた。しかも、主人公の家政婦、その息子ルート、そして数学の博士が過ごした1992年が私の青春真っ只中で、自分もタイガースを応援していたということからもかなり楽しめる作品となっている。

私はこの作品を読んだあと、『ミーナの行進』『猫を抱いて象と泳ぐ』『薬指の標本』『やさしい訴え』『妊娠カレンダー』『凍りついた香り』『密やかな結晶』と読んでいったが、どれも美しさと優しさに溢れた作品ばかりだどんどん彼女の小説にはまっていった。

この作品、とにかく数学といい、物語の展開といい、タイガースの絡ませ方といい計算しつくされていて素晴らしい。皆が薦める気持ちもよくわかるし、第一回本屋大賞を獲得した理由もよくわかる。

p.121
「数学のひらめきも、最初から頭に数式が浮かぶ訳ではない。まず飛び込んでくるのは、数学的なイメージだ。輪郭は抽象的でも、手触りは明確に感じ取れるイメージなんだ。」

私は英語を教えているのだが、英文読解のポイントは書かれているものをどれくらい明確にイメージできるかが全てだと思っている。そういった意味で、すべての学問に通じる事なんじゃないかと思った。

p178
「実生活の役にたたないからこそ、数学の秩序は美しいのだ」
「素数の性質が明らかになったとしても、生活が便利になるわけでも、お金が儲かるわけでもない。もちろんいくら世界に背を向けようと、結果的に数学の発見が現実に応用される場合はいくらでもあるだろう。~中略~ 素数でさえ、暗号の基本となって戦争の片棒を担いでいる。醜いことだ。しかしそれは数学の目的ではない。真実を見出すことのみが目的なのだ。」

最近「産学協同」などといって産業界の論理が教育界にどんどん入り込んでいる。それを歓迎する論調はよく見かけるが、問題視するものはほとんどみかけない。なぜなのだろうか。お金儲けや産業界から独立しているからこそ教育とは価値あるものなのではないだろうか。

物語としてもおもしろさだけではなく、純粋に学ぶことの楽しさを教えてくれる素晴らしい作品だ。
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貴婦人Aの蘇生 長編⑧ [文学 日本 小川洋子 長編]


貴婦人Aの蘇生 (朝日文庫)

貴婦人Aの蘇生 (朝日文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2012/12/04
  • メディア: Kindle版



語り手である女子大生の私と、私の叔父さんが晩年になって結婚したロシア人女性との心の交流を描いた、若干ミステリー的な要素も交えた作品。

夫であった叔父さんを亡くしてしまったロシア人の叔母さんが、病院で入院している場面から始まる。彼女はひたすら「A」という刺繍を色々なものに施している。この「刺繍」というのも小川洋子作品にはよく出てくるものだ。彼女は退院し主人公の私との奇妙な同居生活が始まる。

叔父さんは仕事であててお金持ちに。そのお金を使って様々な剥製を世界中から集め、それを飾るべく田舎に大きな家を買う。叔父さんが死んだ後、叔母さんがこの家と剥製を守ることに。彼女は剥製に一つ一つ「A」の刺繍を日々施す。

そんなある日、剥製収集家のオハラなる人物が屋敷を訪れる。オハラは叔母さんと話すうちに、彼女がロシア革命により殺された、ロマノフ家の四女、アナスタシアではないかと考える。

物語は、私、叔母さん、私の恋人で強迫性障害があるニコ、そしてこのオハラの4人を中心に進んでいく。叔母さんは本当にロマノフ家の生き残りなのか、という謎解き要素もある。

物語として面白くかなり読みやすい作品。彼女の作品の中ではマイナーかもしれないが、結構優しさ溢れる良い作品だと思う。
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沈黙博物館 長編⑦ [文学 日本 小川洋子 長編]


沈黙博物館 (ちくま文庫)

沈黙博物館 (ちくま文庫)

  • 作者: 小川洋子
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2013/10/11
  • メディア: Kindle版



ちくま文庫から出ている長編ということで、かなり身構えて読み始めた。字もなんとなく詰まっている感じがするし、ページ数も370ページとかなりの多さなので読み進めるのに時間がかかるだろうなあと思っていたのだが、読み始めるとかなり読みやすく、初期にあったヒリヒリ感みたいなものもかなり薄れており、優しい雰囲気のある感じだった。

だが、読み進めるうちに、主人公が作ることを頼まれた博物館が死者の形見を残す博物館であり、爆発事件は起こるし、殺人事件は起こるし、ととにかく不穏な感じが常にあった。声を発しない伝道師、主人公が寝る前に読む『アンネの日記』、人が生きていたことを後世に残すためのもの、など明らかにナチス・ドイツに迫害されたユダヤ人を意識した作品となっていることは間違いない。

色々な事件が起こり、色々なことがあるのだが、それぞれがつながっているのだが、様々なことが解決されないままに終わるあたりも彼女らしい。

かなり恐ろしい話なのだがどこか優しい雰囲気のある作品だった。

p.49
「私が求めたのは、その肉体が間違いなく存在しておったという証拠を、最も生々しく、最も忠実に記憶する品なのだ。それがなければ、せっかくの生きた歳月の積み重ねが根底から崩れてしまうような、死の完結を永遠に阻止してしまうような何かなのだ。思い出などというおセンチな感情とは無関係。もちろん金銭的価値など論外じゃ」

p.262
「そこが大事なのさ。地味な作業を順番にこなすだけの辛抱が、皆できないんだ。」

p.363
「一体どうやって村人の肉体の証を保存したらいいんだい?僕らは足場を失って、世界の縁から滑り落ちてしまうだろうね。そして僕らがここに居た事実なんて、誰の心にも残らないんだ。誰にも収集されず、どんな博物館にも展示されず、地中のどこかに埋もれたまま朽ち果ててゆく瓦礫と同じさ。」

不可思議で深く、暖かい作品だった。
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凍りついた香り 長編⑥ [文学 日本 小川洋子 長編]


凍りついた香り (幻冬舎文庫)

凍りついた香り (幻冬舎文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2001/08/01
  • メディア: 文庫



再読

空港の場面から唐突に始まり、恋人が自殺してしまった場面がすぐ続く。えっなんだろう?!という気持ちでどんどん読ませて行かされてしまう小説。

恋人の自殺の理由、恋人の過去を追っていく、ミステリー要素もある作品であるとともに、恋人を失ってしまった人の心を癒していく優しさを持った側面もあり、ファンタジー的な要素も含まれていたりと、とても楽しめる作品となっている。『博士の愛した数式』を彷彿とさせる数学の描写や、孔雀、食べ物の描写など、小川洋子作品の肝となるような要素がいっぱい詰まった作品で、かなり面白い。『博士の愛した数式』で彼女に興味を持った人にはオススメの作品である。
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やさしい訴え 長編⑤ [文学 日本 小川洋子 長編]


やさしい訴え (文春文庫)

やさしい訴え (文春文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2012/09/20
  • メディア: Kindle版



再読

夫に不倫をされ別荘に逃れてきた主人公瑠璃子、人前でピアノを弾くことが出来なくなってしまったチェンバロ製作者の新田、結婚式直前に、夫が殺害された薫さん、この三者が軽井沢、小淵沢地域を思わせる涼し気な別荘地で静かに繰り広げる恋愛模様を描いた美しい作品、

ほとんど大した事件も起こらず結構この三者の心の触れ合いや嫉妬を中心のストーリーだと思っていたのだが、夫の不倫相手と直接話をしたり、新田氏が大けがをしたりと結構大きな事件も起こる。

肉体関係はなくとも(あるのかもしれないが)深い心のつながりを持つ、新田と薫
肉体関係は持ったとしても心の深い所でつながっていない、新田と瑠璃子
その心のつながりに嫉妬する瑠璃子、三者の間のバランスを保つように存在する老犬ドナ、

とにかく美しくて切ない雰囲気に支配された作品で、読み進めようにもゆっくりしか読み進められない作品でじっくり味わわざるを得ないストーリーになっている。

p225~p226の新田と薫の肉体関係を全く感じさせないが、二人の深い精神的なつながりを伝える静かな文章が逸品だ。

この箇所だけでも読む価値がある。
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ホテル・アイリス 長編④ [文学 日本 小川洋子 長編]


ホテル・アイリス

ホテル・アイリス

  • 作者: 小川洋子
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2013/12/09
  • メディア: Kindle版



小川洋子さんの、官能小説と言われる作品。少女と老人の純愛を描いた作品とも言われるが、純愛ではなく、やはり老人の偏愛を描いているのだと思う。少女の特別な生育環境によって成立したいびつな支配関係を描いた作品だと思う。

少女も老人も何らかの心の闇を抱えており、それを描くための性描写なんだろうが、性描写が小説に入ること自体あまり好まない私としてはう~んという感じ。かなり暴力的なシーンもあり、正直私は結構厳しかった。「完全なる飼育」を彷彿とさせる作品だった。
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密やかな結晶 長編③ [文学 日本 小川洋子 長編]


密やかな結晶 (講談社文庫)

密やかな結晶 (講談社文庫)

  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1999/08/15
  • メディア: Kindle版



再読

初めて読んだ時と違い、段々と重苦しくなっていくことがわかっている分、はじめの平和な雰囲気も重苦しく感じてしまった。

体の一部の感覚がなくなってしまうこと、肉体が離れ声だけが取り残されること、逆に声を失ってしまうこと、体の一部を偏愛すること、などこの作品に至るまでの小川洋子作品のテーマとなるようなモチーフが様々に散りばめられている。『アンネの日記』に刺激されて現れたテーマを中心に、今までの集大成となるような大長編を作ろうとしたのではないか、とも思わせる力のこもった作品となっている。

作家である主人公の書く、声を失っていく女性を描いた小説と、実際の登場人物である女性の、声だけが残っていく現実がうまく対比されている。

現実に起こっている時に抵抗しないと、現実はどんどん悪くなっていく。しかしわずかな変化なので人々はあまり意識しないままに生活してしまう。そして変化していく現実を普通に受け入れてしまい最後は悲劇が訪れる。まさにナチス・ドイツに限らず世界中のあらゆるところで起こる可能性のある出来事を象徴的に描いた傑作小説と言える。

かなり長い作品で、一つ一つの描写も細かく、テーマも重いので結構読み進めるのに時間がかかるとは思うが、じっくり付き合った後も色々と考えさせる素晴らしい作品だと思う。

p.215
「変化したのはみんなの心の方なんだ」

p.242
「声を奪われるのは肉体のまとまりを崩されるのと同じです。」

p.269
「”書物を焼く人間は、やがて人間を焼くことになる”」

声を上げずに心を変化させてしまいいつの間にか声を奪われ、考える能力を奪われていく。そんな恐ろしい世の中にならないためにも多くの人にじっくり考えながら読んでもらいたい作品だ。
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シュガータイム 長編② [文学 日本 小川洋子 長編]


シュガータイム (中公文庫)

シュガータイム (中公文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 1994/04/01
  • メディア: 文庫



再読

ある日突然過食症のような、食べても食べてもとまらない状態に陥ってしまった主人公の話。困ったことがあると必ず駆けつけてくれる優しい大親友真由子や、肉体関係がなくても上手く関係を築いていた恋人吉田さん、体が大きくならない病気にかかってしまった血の繋がっていない弟航平、バイト先のお局女上司など、それぞれ魅力的な人物に囲まれた主人公の多感な大学生活を描いている。一見普通の恋愛小説っぽく雰囲気はよしもとばななの小説に近い気がする。しかし一見普通な感じの中に、拒食症や大きくならない弟、肉体関係を持たない(持てないではない)恋人を置くことによって、正常な中にある異常性を静かに描いている面白い作品。

初めて読んだときはかなり読みづらい作品だと思ったが、一番はじめの作品から読みすすめてくると、かなり読みやすい作品だと思った。新潮社のオススメ文学作品というような企画の中で、作者の小川洋子さんは、ギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』を薦めていたのだが、恐らく弟の航平はこの作品から影響を受けているように思われる。ブリキの太鼓の主人公は悪そのものといった感じだったが、この航平は善そのものといった感じ。

再読で結構楽しめた作品だった。恋愛を扱った軽い現代文学が好みの人にはオススメの小川洋子作品だと思う。
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余白の愛 長編① [文学 日本 小川洋子 長編]


余白の愛 (中公文庫)

余白の愛 (中公文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2004/06/01
  • メディア: 文庫



夫から「好きな人ができたから離婚してほしい」と言われ、突発性難聴にかかってしまった女性の話。病院で入院し一時回復した際、雑誌の対談形式のインタビューに答えた際出会った速記者Yとの恋を描いた話。

どこまでがこの女性の現実で、どこまでが夢の中の話なのかがわからないが、結局生まれてから今いる自分の位置までに経験してきたことがトラウマ的に夢の中に出てきて自分を苦しめたり慰めたりする、ということが言いたいのであろうか。

結構浮遊感のある幻想的な作品だった。
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