SSブログ

猫を抱いて象と泳ぐ 長編⑫ [文学 日本 小川洋子 長編]


猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)

猫を抱いて象と泳ぐ (文春文庫)

  • 作者: 小川 洋子
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2012/09/20
  • メディア: Kindle版



再読

実はこの本をもう一度読んでみたくて、せっかくだから、ということで、小川洋子さんの作品を出版順に読んでいこうという今年のプロジェクトを始めた。

だからこの本を再読するのを楽しみにしていた。実は今までも結構再読していた本はあったのだが、ユゴーの『レ・ミゼラブル』、アナトール・フランスの『神々は渇く』など、初めて読んだときはすごく面白かったのに、二度目はそうでもなかったという作品は多い。

そこでこの本も読んでみたら、あまり面白くなかったということにならないか、という不安があったのだが、『博士の愛した数式』同様、かなりかなり面白かった。

上下の唇が閉じた状態で生まれてしまい、それを切った部分の肌を修復するために、足のすね部分の皮膚を移植したため、唇から毛が生えてしまう少年。彼はそれによって若干いじめられていたのだが、ある事件をきっかけに熱中するものを見つける。それがチェス。

使えなくなったバスの中に住む、甘いもの大好きで優しい太った叔父さん、マスターにチェスを教えてもらい、どんどん上達していく。しかし彼はチェスの次の手を考える際、机の下に潜り込みポーンと名付けられた猫を抱かないと落ち着けない。この机の下に潜り、チェスを指すスタイルが生涯の彼のチェスの指し方となる。

彼は人生において様々なトラウマを抱える。
○彼が小さい頃家族で行っていた屋上に住んでいた象が大きくなりすぎてエレベーターに乗れず、行く予定だった動物園に行けずそのままデパートの屋上で死んでしまったこと。
○マスターがバスの中で死んでしまい、その死体を出そうとしたが、ドアから出せずバスを壊して吊るすようにしてマスターの遺骸を出したこと。
○彼が使っている箱型のベッドに挟まれて出られなくなってしまった想像上の女の子ミイラ。

こういったトラウマや、ひとつのところで静かに生きるということをテーマに、チェスを真ん中に置きながら美しく物語は展開していく。

別に国際的に活躍しなくても、自分だけの世界で小さく生きても、美しく懸命に生きればそれで良いのだということを優しく教えてくれるこの作品。本当に素晴らしく、大好きだ。

この本は、「この瞬間が彼の人生に決定的な役割を果たした」というような描写が多く、面白いなあと思って読んだ。

p.11
「後の人生を考えれば、屋上でのエピソードは実に象徴的な記憶として役割を果すようになるのだが、もちろん少年にはそんな予感さえなく、自分の心の何が象と通じ合うのか説明するだけの言葉も持っておらず、ただインディラ(象)臨終の地に立ち尽くすだけなのだった。」

p.33
「「慌てるな、坊や」
 男は言った。
 それは行こう、男が少年に向かって幾度となく繰り返すことになる台詞だった。慌てるな、坊や。その言葉と声のトーンは、生涯を通して少年の警句となり灯台となり支柱となる運命にあった。しかしもちろんその時少年は、男の一言がもたらす意味についてなど知るよしもなく、ただ自分の体勢を立て直すだけで精一杯だった。」

p.65
「少年は生涯を通し、その日曜日の出来事を繰り返し思い返すことになる。他の思い出たちとは違う別格の小箱に仕舞い、何度でも開けてそっと慈しむことになる。~(中略)~ あの柔らかい冬の日差しに包まれた回送バスでの一局をよみがえらせ、マスターが教えてくれたチェスの喜びに救いを見出すことになる。」

p.116
「あの日の夕方、なぜ自分はあんなにも泣いてしまったのだろうと、生涯少年は考え続けた。もしかすると自分は何かを予感していたのかもしれない。あの日の夕方が、回送バスでマスターと一緒に過ごす最後の日になったのだから、自分の予感は正しかったのだ。」


そして心に残る言葉たち
p.103
「最強の手が最善とは限らない。チェス盤の上では、強いものより、善なるものの方が価値が高い。」

これはチェス盤の上だけではなく、すべての事柄に言えることだと思う。


p.126
「マスターを失ってから、リトル・アリョーヒンが最も恐れたのは、大きくなることだった。」
「”大きくなること、それは悲劇である”」

私も小さい頃から体が小さく、小さい組織の中で生きることを好んできた。大きな世界に入ることには恐怖感がある。そして大きくなることに全く良さを感じてこなかった。私はこの言葉にいたく共感し、感動してしまった。


pp346~347
「「もしあなたが物足りなく感じていたら気の毒だと思ったの。まだ若いんだし、人生最強の時をこんな山奥で・・・・・・。」
 ~(中略)~
 「皆、自分に一番相応しい場所でチェスを指しているんです。ああ、自分の居場所はここだなあ、と思えるところで」」

この箇所もとても共感した。ひたすら国際化を訴え、世界に飛び出る若者を生み出そうと汲々としているが、人はそれぞれがそれぞれに与えられた輝ける場所がある。世界で活躍するから偉いわけでもないし、地元でしか生きたことがないから格好悪いわけではない。それぞれの人にはそれぞれの人の与えられた場所が有り、それぞれの幸せがあるのだ。

本当に素晴らしく感動的な本だった。

nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。