密やかな結晶 長編③ [文学 日本 小川洋子 長編]
再読
初めて読んだ時と違い、段々と重苦しくなっていくことがわかっている分、はじめの平和な雰囲気も重苦しく感じてしまった。
体の一部の感覚がなくなってしまうこと、肉体が離れ声だけが取り残されること、逆に声を失ってしまうこと、体の一部を偏愛すること、などこの作品に至るまでの小川洋子作品のテーマとなるようなモチーフが様々に散りばめられている。『アンネの日記』に刺激されて現れたテーマを中心に、今までの集大成となるような大長編を作ろうとしたのではないか、とも思わせる力のこもった作品となっている。
作家である主人公の書く、声を失っていく女性を描いた小説と、実際の登場人物である女性の、声だけが残っていく現実がうまく対比されている。
現実に起こっている時に抵抗しないと、現実はどんどん悪くなっていく。しかしわずかな変化なので人々はあまり意識しないままに生活してしまう。そして変化していく現実を普通に受け入れてしまい最後は悲劇が訪れる。まさにナチス・ドイツに限らず世界中のあらゆるところで起こる可能性のある出来事を象徴的に描いた傑作小説と言える。
かなり長い作品で、一つ一つの描写も細かく、テーマも重いので結構読み進めるのに時間がかかるとは思うが、じっくり付き合った後も色々と考えさせる素晴らしい作品だと思う。
p.215
「変化したのはみんなの心の方なんだ」
p.242
「声を奪われるのは肉体のまとまりを崩されるのと同じです。」
p.269
「”書物を焼く人間は、やがて人間を焼くことになる”」
声を上げずに心を変化させてしまいいつの間にか声を奪われ、考える能力を奪われていく。そんな恐ろしい世の中にならないためにも多くの人にじっくり考えながら読んでもらいたい作品だ。
2022-04-20 03:27
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