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小箱 長編⑲ [文学 日本 小川洋子 長編]


小箱

小箱

  • 作者: 小川洋子
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2019/10/07
  • メディア: 単行本



久しぶりの長編作品。
最近出版された短編集はもう一歩だなあ、と思うものが多かったが、やはり長編は面白い。

主人公は、何故だか使われなくなった幼稚園を、そのままの形で残して住んでいる、ピアノを弾く女性。彼女は、ここに住みながら、どんどん持ち込まれる死んだ子供の遺品を講堂へ収納しそれを管理している。

人々は死んでしまった子供の髪の毛を弦に用いて、竪琴を作っている。この竪琴はじめ、様々な小さな楽器を耳に当て、「一人一人の音楽会」という丘の広場で催される音楽界に参加する。音楽会とは言え一人ひとりが耳に当てられた楽器が風の音でなるのを静かに聴く音楽会であり観客には音は全く聞こえない。

子供の遺品を見たり、そこに何かを加えたりするために人々はよく訪れるのだが、人々は示し合わせたように、幼稚園で誰かと出くわすことはない。

そんな遺品を管理し、遺品を預けている人々に訪れられる元幼稚園だが、遺品のためではなくここを訪れる人がいる。

バリトンさんと呼ばれる、話し言葉がすべて歌になってしまう男性と、クリーニング屋の女性だ。
バリトンさんは恋人からくる、小さい文字で書かれた暗号のような手紙を解読してもらうために主人公のもとを訪れる。恐らく主人公はこのバリトンさんに恋をしている。
クリーニング屋さんはかつての自分の子どもを懐かしむように、幼稚園の遊具で一通り遊び帰っていく。

もうひとり、主人公の従兄弟で子どもをなくしてしまい、その子供がかつて歩いたところ以外は歩けなくなってしまった、美味しい移動式お弁当屋を自転車を使って営む女性が出てくる。主人公は彼女のために図書館から本を毎週借り出してあげている。

とにかく少ない登場人物で、特に目立った出来事は起こらないし、はっきりと子どもたちがいなくなってしまった理由なども語られず、淡々と進んでいく物語。バリトンさんの恋人がなくなってしまう部分も全く劇的ではなくとにかく静か。

静かな静かな物語だが、何となく胸をざわつかされる物語だ。


印象に残っている言葉たち。

p117
「結局は、どれを選んだっていいのよ。人間より長生きしているというだけで、大事な本だと証明されているのと同じだから。」
「今、自分が読んでいるのと同じページを、今はここにいない誰かも読んだ、と思うだけで安堵できない?」

p128
「繰り返し見ているうちに、実はほんの少しずつ、どこかが変わっているのかもしれない」
「いや、あまりにもわずかずつ、沈黙のうちに現れる変化だから、気づかないのよ」
「ええ、何度も何度も何度も何度も時間を巻き戻しているうちに、過去と自分の我慢比べになって、とうとう過去の方が先に力尽きるの」

記憶の大切さと儚さを表す言葉たちのように思える。
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