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薬指の標本 短編④ [文学 日本 小川洋子 短編]


薬指の標本(新潮文庫)

薬指の標本(新潮文庫)

  • 作者: 小川洋子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/05/17
  • メディア: Kindle版



再読
表題作「薬指の標本」と「六角形の小部屋」からなる。

 確か「薬指の標本」はフランスで映画化されていたきがする。清涼飲料水を作る工場で働いていた主人公の女性は仕事中に薬指が工場の機械に挟まってしまい先っぽがなくなってしまう。その事件を機に仕事を辞め、あてもなく歩いていたところ、標本作製をしている事務所の事務員募集の案内を見つける。簡単な面接のあと、そこで働くことに。そこで標本作製をしている弟子丸氏と恋仲になり・・・という話。ここまで書くと普通の恋愛話っぽいのだが、そこに色々な要素を混ぜているのが小川洋子っぽい。
 この標本作製所には様々なものが、持ち込まれる。きのこ、昔恋人が自分のために作曲してくれた楽譜、飼っていた鳥の骨、やけどの跡、など。そして弟子丸氏と、昔の事務員や標本作成を依頼した女性の関係性も微妙な感じで犯罪の匂いすら感じさせる。
 そういったものがほとんど解決されることなく主人公の女性が、弟子丸氏にますます絡め取られていくのではないかという不安な気持ちを残したまま終わる。
 結局ここに標本作製をお願いに来る人は、嫌な思い出などをなくしたいのだが、完全にはなくしたくない、という微妙な気持ちを持っているのだと思う。そのへんのモヤモヤっとした感じをうまく物語にしていると思う。

「六角形の小部屋」も同じようなテーマの話。誰にも話せないモヤモヤっとした気持ちを、六角形の小部屋で独り語りしていく人々の話。
 主人公の女性は背中に強い痛みをいつからか持つようになり、それをきっかけにプールに通うようになる。そこで出会ったミドリさんに強く心を惹かれ彼女に尾行するようについていく。そこでこの六角形の小部屋に出会う。
 彼女がそこで語る恋人との話から、彼女の様々な過去の恋愛が明らかになっていき、背中の痛みの原因であろうことも明らかにされる。
 
 どちらの作品も爽快感のある話ではないが、何かモヤっとして何なんだろうという疑問を抱きつつ、自分のことを深く考えさせられる不思議な感じの物語となっている。

p. 94
「いかなる場合でも自分のペースを崩さない、他人の迷惑に鈍感な、こういうタイプの人はどこにでもいる。口ではごめんなさいと繰り返しいながら、心の中では何とも思っていないのだ。」

本当に私の周りでもこういう人間はたくさんいる。こういう人たちに囲まれ苦しんでいる人々のために小川洋子さんは小説を書いているのではないかと思わせるくらい、直接的な優しさではない間接的な優しさを持った素晴らしい小説だと思う。

どちらかといえば、私は「六角形の小部屋」の方が好きだった。
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