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何のために「学ぶ」のか [その他 本]


何のために「学ぶ」のか:〈中学生からの大学講義〉1 (ちくまプリマー新書)

何のために「学ぶ」のか:〈中学生からの大学講義〉1 (ちくまプリマー新書)

  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2015/01/08
  • メディア: 新書



長男が小学校5年生になり、そろそろ中学受験のことを真剣に考えなければ、と思い始め、とりあえず中学入試に頻出の本とかあるのかなあ、と思い調べていたところで見つけた本。面白そうなので借りてみた。

恐らく桐光学園で、東大教授が講演したものをまとめた本だと思われる。それぞれの専門家がそれぞれの観点で「学ぶ」ということについて語っており結構興味深かった。

○外山滋比古
p.24
「もちろん知識は必要である。何も知らなければただの無為で終わってしまう。ただ、知識は多ければ多いほどいいと喜ぶのがいけない。良い知識を適量、しっかり頭の中に入れて、それを基にしながら自分の頭でひとが考えないことを考える力を身につける。
 ところが、である。ふり廻されないためには、よけいな知識はほどよく忘れなけれなならない。しかし、この「忘れる」ことが以外に難しい。
 学校の生徒で、勉強において「忘れてもいい」と言われたことはあるだろうか?」

p.34
「では、人間が自分の頭で考えるようになるためには何が必要か。
 まず体を動かすということ。そしてもうひとつは、不幸とか、貧困とか、失敗とか、そういう辛い境遇から逃げないことだ。
 困難な状況の中にいないと、頭は必死になって考えることをしない。美味しいものを食べ、快適な生活をして、いい学校に通って、いい成績を上げているうちは、ものを考えるチャンスが少ない。」

p.36
「苦しいこと、つらいことが人間を育てるということが今は忘れられている。」

この人、睡眠の重要性も訴えており、文武両道も含め私の「学ぶ」観と似ているところが多かった気がする。


○前田英樹
p.50
「生涯愛読して悔いのない本を持ち、生涯尊敬して悔いのない古人を心に持つ。これほど強いことはないのではないかと、私などは思っている。こういうものは、独学によってでなければ得られない。これを持つことのできない人は、どんなにたくさんのことを知っていたってつまらない。独学の覚悟がない人はつまらない。
 皆さんがこれから社会に出て、どのような仕事に就くのかはわからないが、そこで必要なこともやっぱり独学する心ではないか。そういう心を持った人は、どこにいても、何をしても強い。愚痴を言ったり、恨んだり、不運を嘆いたりはしない。」

生涯の愛読書
『星の王子さま』『国家』『ソクラテスの弁明』
生涯尊敬する故人
チェ・ゲバラ、シモーヌ・ヴェーユ

p.53
「言葉で教えられたものは、すぐに忘れてしまう。それはただの知識だから。自分の体を使って発見したものは忘れない。そういうものは知識じゃなく、身についた自分の技になっている。」

自学自習をし、自分で考え法則を見つけ出すこともこれに通じていると思うのだ。

p.56
「(大工である)高橋さんはこんなことも言う。「仕事にはできることとできねえこととがある。素人はそこんところがわからねえから困るんだ。」」

科学を信奉しすぎて人知を超えたものを考えて生きることができない人々に対する警告でもあると思うのだ。

p.58
「教員は専門的な知識をたくさん持っている。それぱっかりやっているのだから、当然である。そしてそういうものは、すぐに古くなる。君たちが教員から学ぶべきなのは専門知識ではなく、彼らがものを考えろときの身ぶりや型なのだ。そこにその人の本当の力が表れている。もし、君たちが「ちょっといいな」と思う先生に出会うとする。そこで君たちが惹かれているのは、そういう身振りや型だ。」

「ちょっといいな」と思われる先生が少ないのはこのせいだろう。教員は知識を詰め込むことに汲々としておりものを考えて新しいものをつくりだそうとしていないからだ。


○本川達雄
p.135
「だから、職業を選ぶ際は、「好きなことをする」ではなく「世の中で大切なことをする」と考えたほうがよい。」

これも私が普段から考えることだ。そもそも好きなことを仕事にできる人など限られているし、好きなことを仕事にすると、好きじゃなくなってしまうかもしれないからだ。


○鷲田清一
社会の専門化が進んだことによる帰結を説明した言葉。
p.189
「そんな私たちが今の社会でできること、それはクレームをつけることだけ。行政にも会社にも、少しでも不満があれば文句を言う。これだけは自信を持ってできる。なぜか?お金を払っている、義務を果たしている、と主張できるからだ。」

これは確かに、と思った。あらゆることを専門家に任せ、全体像を見ない代わりに、部分部分で不満があればとことんクレームをつける。最低な人間たちだ。

p.191
「あるとき、精神科医の香山リカさんがおもしろいことを言っていた。「あなたはうつ的な状態です」と診断しても、今の患者さんは受け入れず、「違います、私はうつ病なんです」と、言い張るそうだ。つまり病気にしてもらわないと困る、というわけだ。理由は簡単だ。病気であれば、「私のせいではない」からだ。病気なのだから、自分は治癒されるべき対象になり、困難な状態を引き受ける必要がなくなるからだ。」

これもかなり納得。私も数年前、同じようなことを書いたことがある。

p.200
「世界を的確に掴む(中略)とき大事なことは、大きく三つあると思っています。ひとつは、自分の現在を、歴史の文脈の中で見ること、そして自分を超えたものに照らし合わせてみることです。二つ目は、「よく生きる」ために、ということをものを考えるときの軸とすること。最後は、わからないことをすぐにわかろうとしないで、わからないまま大切にすることです。」

結局古典をしっかりとよみ、深く考え、より善く生きようと考え、無知の知を自覚すること、つまりはソクラテスープラトンの教えを心に刻めということだ(笑)。

この本はかなり普通に生きている人間たちには厳しいことばかりだろう。だが、私にはかなり共感できる主張が多かった。
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