罪ある母 [文学 フランス]
フィガロ三部作を読み終わった。
ベジャールという悪者が、アルマビバ伯爵の家に入り込み、伯爵と伯爵夫人の昔の過ちをうまく利用し、金と娘を手にしようとするが、フィガロの活躍により失敗、追放されるお話。
緊迫感に富み、サスペンス感もあり、三部作の中では、文学的に見て一番おもしろい気がする。とはいえ、あれだけ純粋純潔にみえたアルマビバ伯爵夫人も不倫をして子供まで作っていたというのがいただけない。正直非常に残念な話であり、フランス文学というのは不倫話ばかりで、正直どうかと思う。
現在、デュマの『王妃マルゴ』を読んでいるのだが、それもひたすら不倫ばかり。日本で現在芸能人の不倫が非常に叩かれているが、フランスでは当たり前の恋愛の形としてあったようである。やはり何となく嫌な感じである。
まあ、先にも書いたが、三部作の中では最も面白かった。
フィガロの結婚 [文学 フランス]
フィガロ三部作の2作目『フィガロの結婚』を読み終わった。
この作品はモーツァルトのオペラでよく知られた作品。
モーツァルトはほぼ原作通りオペラ化しており、文字で読んでいるだけだとイメージしづらい部分が多々あったが、オペラを何度か観たことがあったので、何となくその場面を思い出しながら読むことで話がつながった。
これをただ読むだけとなるとかなり厳しいのではないかと思う。
伯爵を、伯爵夫人も含めみんなで騙し最後は笑って終わるこの作品、風刺も効いていてそれなりに面白いが、オペラで見たほうが話もわかるし面白いのではないだろうか。
チョーフィ主演の以下のDVDがオススメ
舞姫タイス [文学 フランス]
「タイスの瞑想曲」で有名なマスネのオペラ『タイス』の原作『舞姫タイス』を読み終わった。絶世の美女で遊女のタイスと、修道士パフニュスの物語。タイトルは『舞姫タイス』だが実際の主人公は修道士パフニュス。エロス(肉体的愛)とアガペー(精神的・神学的愛)の中で揺れ動くパフニュスの心の葛藤が周りの人間たちの神学的・哲学的対話、悪魔たちの誘惑などと絡み合いながら描かれる。結局自分の肉体的な愛情をひたすら隠そうとして生きようとするが、結局できず、最終的には醜い姿をさらけ出してしまうパフニュスが描かれている。これは我々すべての人間の心に巣食っているものなのではないか。何とかしてよく生きようとしながらも現世的なものに囚われてしまう。元々現世的であったタイスは、パフニュスとの出会いで逆に神にひたすら心を向け、穏やかに死を迎える。この圧倒的な対比が非常に面白かった。
黒いチューリップ [文学 フランス]
アレクサンドル・デュマ作『黒いチューリップ』を読み終わった。昔、MacmillanのGraded Readersのシリーズでこの本のRetold版を読んで以来、全訳を読みたいとずっと思っていた。ダルタニャン物語の全訳を手に入れた際、せっかくなのでデュマの他有名作品を読んでみたいと思い購入しておいたものだ。
これでアレクサンドル・デュマの作品は三作目。
『モンテ・クリスト伯』は一人の不遇な男が逆境を乗り越え、復讐を行い、最後の最後では自分の心と向き合い改心していく姿が、ユゴー作品と重なり、非常に人間的で温かい作品で素晴らしい。
『ダルタニャン物語』は全体的に物語としては面白くなくはないが、冗長なところも多く、恋愛が不倫ばかりであまり読んでいて気持ちの良い作品とは言えない。
この『黒いチューリップ』はとにかく素晴らしかった。ストーリー展開も面白い、登場人物も限られており、「この人誰だったっけ?」ということがほとんどない、さらにコルネイユとローザの相手を一途に思い合う気持ち、そしてそれが終生変わらないこと、さらに言えば、基本的には牢獄の中だけでストーリーは進んでいるのに、とてつもない広がりがあること、など私の好きな要素ばかりがそろった作品だった。
長くもなく短くもなく、非常に洗練されたこの作品、アレクサンドル・デュマの魅力を知る上で絶好の作品と言えるのではないだろうか。
セビーリャの理髪師 [文学 フランス]
岩波文庫から、マリヴォーの『偽りの告白』という本が出ており、これが結構面白そうで、買おうと思っていた。さらに、ボーマルシェのフィガロ三部作もオペラの原作ということで読みたかった。この両者が一気に揃う、この絶版の本をアマゾンの中古市場で購入した。
まずは、短くて読みやすそうな『セビーリャの理髪師』から読み始めた。この作品はパイジエッロとロッシーニがオペラ化しており、ロッシーニ作品はあまりにも有名である。私もDVDでどちらの作品も観たが、やはり数倍ロッシーニ作品の方が音楽的には楽しめた。
本の内容は、オペラ通り。バルトロという医者のところの養女となった貴族出身の美しい娘ロジーヌ。バルトロは養女にしたとはいえ、この美しいロジーヌに恋しており、結婚しようとしている。しかしロジーヌは美しいので、男たちの気をひいてしまう。そこでロジーヌを家に閉じ込めるが・・・。
結局アルマビバ伯爵と、フィガロの策略により、ロジーヌは伯爵と結婚して終わる。
話の内容はモリエールの『女房学校』にかなり似ている。文学的にはモリエールの方が数倍上であろうが、やはりオペラ原作ということでこちらのセビーリャの理髪師の方が有名なのだろう。
そこまで作品として面白いものではなかった、オペラ原作をとりあえず読めて良かった。
ダルタニャン物語 剣よ、さらば [文学 フランス]
ダルタニャン物語〈第11巻〉剣よ、さらば (fukkan.com)
- 作者: A. デュマ
- 出版社/メーカー: 復刊ドットコム
- 発売日: 2011/09/01
- メディア: 単行本
ついに、ながいながいダルタニャン物語を読み終わった。
三銃士+ダルタニャンがほとんど登場することなく、そして題名にもなっているブラジュロンヌ子爵(ラウル)もあまり登場しないまま、くだらない宮廷の不倫話に終始していた「ブラジュロンヌ子爵」も後半になって一気に話が進みだした。王に対する反逆罪で逃走するアラミスとポルトス、婚約者ラ・ヴァリエールを国王に取られ、死を求めるラウル、その息子に対し常に人間的高貴さを求めるアトス、銃士隊長として大活躍するダルタニャン、それぞれが微妙に絡み合いながら、皆が死に向かっていく。
そしてラウルを裏切ったラ・ヴァリエールも自分の同僚、ダルタニャン、そしてラウルの死などによってその裏切りの報いを受けることになる。
しかしやはり私はダルタニャンに対して許せない行為が一つある。前にも書いたが、彼は、ラ・ヴァリエールが国王との恋に悩み、修道院に逃げ込んだとき、彼女と国王のあいだを取り結ぶ役割を演じたのだ。もし、ダルタニャンがあの時、ラ・ヴァリエールにラウルのことを思い出させ、貞潔に生きることを促し、国王と彼女を修道院に中で合うように仕向けなければ、こうはなっていなかったはずである。国王の銃士隊長とはいえ、あの時、別に国王から何か命令されたわけではなかったはずだ。
ダルタニャンは、死んだラウルの墓に来ていたラ・ヴァリエールに対し「この二人を地下に眠らせたのは、あなたなのですからね」と言っていたが、その責任の一端は明らかに彼にあるのだ。
さらにラ・ヴァリエールはラウルの墓に次のように語る。
「わたしたちは二人とも、苦しんで死ぬように運命づけられていたのです。あなたは一足先にあの世へ旅立たれましたが、わたしもすぐあとからまいりますから、どうぞご心配なく。私は卑劣な女ではありませんでした。その証拠に、こうして最後のお別れを言いに来たではありませんか。~でも、この愛だけは手放すわけにはまいりません。もう一度、どうか許してください!」
こんなことをいいに来るために墓に詣でるなら来るな!といいたい。ラウルはラ・ヴァリエールに苦しめられて死んだが、別にラ・ヴァリエールが苦しんで死ぬのはラウルのせいではない。しかも、国王との愛を手放せないなら、ラウルに花を手向けに来ないで欲しいと思うのだ。
やはりラ・ヴァリエールとルイ13世の恋愛に関する、ダルタニャンとラ・ヴァリエールの身勝手さは不倫の多いこの物語の中でも特に許せない部分だった。
とはいえ、全体を通して面白い部分も多く、確かに『三銃士』だけでなく全体として良い作品だった。文庫本にして、もう少し日本に流通させても良いと思う。
ダルタニャン物語 鉄仮面 [文学 フランス]
ダルタニャン物語〈第10巻〉鉄仮面 (fukkan.com)
- 作者: A. デュマ
- 出版社/メーカー: 復刊ドットコム
- 発売日: 2011/09/01
- メディア: 単行本
最後から2番目の巻に入り、ようやく面白さが戻ってきた。この第三部「ブラジュロンヌ子爵」になってから、王廷の恋愛話、しかもすべてが不倫、ばかりで、話が全然進まずつまらなかったが、ブラジュロンヌ子爵の父、アトスがラ・ヴァリエールに関して王と話に行ったり、様々な政治に関わることで、ダルタニャンが登場したり、ルイ13世の幽閉された双子の兄を王位につけようと、アラミスが画策したり、彼らのあいだを何もわからないポルトスが利用されて動き回ったりと、ダルタニャン+三銃士がかなり活躍し、話が緊張感を持ってドンドン展開していく。非常に面白かった。
特に、18章「国王と貴族」が圧巻だった。自分の息子ラウル(ブラジュロンヌ子爵)の婚約相手ラ・ヴァリエールを国王が横取りしてしまったことに対して異議申し立てをするアトス。この国王とのやり取りが非常に美しく素晴らしい。人の上にたって権力を振るうものがどのような態度でいなければならないかを非常に美しい言葉で語っていく。さらに、その後アトスを逮捕しようとしたルイ13世に対するアトスの振る舞いも非常に美しい。不倫ばかりでどうしようもない感じのこの物語にあって非常に感動させられる一場面だった。この章を書くために、あのくだらない恋愛ネタが長々と繰り返されたのかと思えばちょっと許せる気もする。
しかし、ラ・ヴァリエールとルイ13世の恋を助けたダルタニャンがアトスとラウルに優しい振る舞いをする箇所は許せなかった。ダルタニャンがもしあの時、ラ・ヴァリエールにラウルのことを思い出させていたらこうはならなかったのではないかと思う。
さらに、ラ・ヴァリエールがラウルのところに来て国王との関係を告白する場面も許せなかった。いい人ぶった彼女の態度に、貞淑ぶったいやな女丸出しの感がありやっぱり最低の女だと思った。
とても楽しい巻だった。
ついに最終巻。どんな展開になるか楽しみだ。
ダルタニャン物語 三つの恋の物語 [文学 フランス]
ダルタニャン物語〈第9巻〉三つの恋の物語 (fukkan.com)
- 作者: A. デュマ
- 出版社/メーカー: 復刊ドットコム
- 発売日: 2011/07/01
- メディア: 単行本
ダルタニャン物語9巻を読み終わった。
『三つの恋の物語』と名付けられたこの作品
おそらく
1、国王ルイとヴァリエール嬢
2.王弟妃アンリエットとギーシュ伯爵
3.ブラジュロンヌ子爵とヴァリエール嬢
の3つなのだと思う。
が、この本のメインは、1の国王とヴァリエール嬢の恋。
正直この二人むちゃくちゃすぎる。
まずルイはもう結婚しており、奥さんがいる。ヴァリエールもブラジュロンヌと婚約済み。お互いのやりとりの中で、このままではいけない、となりヴァリエールは修道院に逃げ込んだりもするのだが、その心の葛藤の中に、婚約者ブロジュロンヌに申し訳ない、という思いは微塵もない。とにかく、この二人の身勝手さが最悪すぎる。
1、2の恋はどちらも不倫であり、3の恋はほとんどこの巻に登場しない。最後にちょこっとでるだけだ。ヴァリエールの周りにいる人間も全くと言っていいほど、彼女にブラジュロンヌの存在を示し、国王との恋を諦めさせようとしない。
どこまでが実話なのかわからないが、純情そうな態度をして最低の行動をするこのヴァリエール嬢。本当に最低の女だと思う。
正直かなり読むのが辛い本だった。
ダルタニャン物語 華麗なる饗宴 [文学 フランス]
ダルタニャン物語〈第8巻〉華麗なる饗宴 (fukkan.com)
- 作者: A. デュマ
- 出版社/メーカー: 復刊ドットコム
- 発売日: 2011/08/01
- メディア: 単行本
「ブラジュロンヌ子爵」の第三巻を読み終わった。
この物語は「ブラジュロンヌ子爵」と名付けられてはいるものの、主役はやはりダルタニャンであった。が、この巻はほとんどダルタニャンは出てこず、フランス王ルイ、その弟フィリップ、その弟の妃アンリエットが話の中心となっている。
わくわくするような出来事はほぼ起こらず、ひたすら彼らの不倫話に終始している。私は純愛小説が好きだ。たとえその愛が成就しなかったとしても、一途に誰かを想い続けるような話だと読んでいてとても気持ちよく読めるのだが、ドロドロした恋愛話だと読んでいて嫌になってくる。
なぜだか知らないが、皆王弟妃アンリエットに恋をし、その気持ちを隠そうとしない。イギリスのバッキンガム公爵、ブラジュロンヌ子爵の親友ギーシュ伯爵、そして何故かフランス王ルイ、そうした男達に対して、アンリエットは媚を売りまくる。何故こんなに不倫が横行しているのかよくわからない。この当時のフランスの小説はこの類の不倫話がほとんどだし、オペラなんかを観てもあまり変わらない。当時の宮廷恋愛事情はこんなものだったのだろう。
そんななか、ブラジュロンヌ子爵の純愛には心をほっとさせられる。
正直読んでいてかなりつらい巻だった。
ダルタニャン物語 ノートルダムの居酒屋 [文学 フランス]
ダルタニャン物語〈第7巻〉ノートル・ダムの居酒屋 (fukkan.com)
- 作者: A. デュマ
- 出版社/メーカー: 復刊ドットコム
- 発売日: 2011/07/01
- メディア: 単行本
ダルタニャン物語「ブラジュロンヌ子爵」の物語の2巻を読み終わった。
ダルタニャンがイギリス国王を国王にした後、マザランが死に、ルイ13世が実質的に権力を握り、イギリス国王の妹とフランス国王の弟が政略結婚をする。
イギリス国王の妹アンリエット王女を、ブラジュロンヌ子爵の親友ギーシュ伯爵、ダルタニャンの親友バッキンガム公爵、そして夫フランス王弟フィリップの三人が恋慕している。
この三角関係も含め、色々な人物たちの心の中を丹念に描いていて面白い。
色々な登場人物が完全に善・悪に分かれておらず、非常に人間臭さが一人ひとりあり面白い。
しかしフランス文学にありがちだが、とにかく恋愛が純粋な感じではなくドロドロしていてなんとなく嫌な感じだ。
ダルタニャン物語 将軍と二つの影 [文学 フランス]
ダルタニャン物語〈第6巻〉将軍と二つの影 (fukkan.com)
- 作者: A. デュマ
- 出版社/メーカー: 復刊ドットコム
- 発売日: 2011/07/25
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
いよいよ「ダルタニャン物語」も最後の第三部「ブラジュロンヌ子爵」になった。
前作「20年後」で枢機官マザランに銃士隊隊長の座を約束されたはずのダルタニャン。が、この物語で、再び銃士隊副隊長として登場する。何かがあって降格されたのかと思いきや、前回の約束は口約束に過ぎず、結局その約束は果たされないまま、ずっと副隊長でいた、ということらしい。
今回は、イギリス国王であった父親、チャールズ1世が殺された後、各地を転々とし、従兄弟であるフランス国王ルイ14世とマザランを頼ってやってきたチャールズ2世が物語の中心。
ルイ14世とマザランに金銭的、人的援助を頼むがすげなく断られる。その様子を間近で見ていたダルタニャンはチャールズ2世がイギリス王になるのを手助けしようと決意し、銃士隊を辞める。
ヤクザもの10人を集め、イギリスの事実上の支配者モンク将軍の陣営に潜り込み彼を捕えて身代金を要求し、そのままチャールズ二世を王位につけようとするが、その途中で、正攻法でチャールズを王位につけようとするアトスと出会う。
ふたりで協力しチャールズ二世を無事王位につける。
ここまでが非常に面白く、緊張感に飛んでおり、久しぶりに電車の中で、自分の降りる駅で降り損ないそうになるくらい熱中して読んだ。
それが終わると、物語はフランス宮廷へ。
チャールズ二世の妹とフランス国王ルイ14世の弟を結婚させようという案が持ち上がる。
その一方でフランス宮廷を牛耳り、私腹を肥やしていたマザランが死にそうになる。
この箇所も前の部分ほど面白くないが、マザランの金に対する執着ぶりが非常に人間くさく面白い。
この「ブラジュロンヌ子爵」は全6巻と今までで一番長い。
最後まで飽きてこないで読み切れることを願っている。
ダルタニャン物語 復讐鬼 [文学 フランス]
「20年後」の最終巻『復讐鬼』を読み終わった。
『三銃士』の裏の主役ミレディの敵を取るべく現れた彼女の息子モードントは最後まで三銃士とダルタニャンを苦しめるが、最後は三銃士たちの従僕やダルタニャンの知性によって敗北し、海の中に沈む。
イギリス王チャールズ1世とクロムウェル、その裏で動く三銃士とダルタニャン、そしてモードント、この巻の最初の部分はかなり緊張感が高く、ぐいぐい引き込まれたが、最終的に三銃士の頑張りの甲斐無く、チャールズが死に、彼らがフランスに帰ってからは、誰が何のために戦っているのかよくわからなくなり、なんとなく純粋性も薄らいでいき、猛烈に面白さが減退していく。
最後のマザランとダルタニャンのやりとりは面白くなくはないが、やはりイマイチ。
『三銃士』が有名で、よく市場に出回っているのに対し、この『20年後』があまり市場に出回らないのもわからなくはない。
このあとは、アトスの息子、ラウル(ブロジュロンヌ子爵)が主役の物語らしい。かなり長い話っぽいので、気持ちを新たに読みたいと思う。
星の王子さま [文学 フランス]
最近よく暑さを避けるためもあり、次男とふたりで電車に乗っている。電車に乗っているのといつの間にか次男が寝ていることがよくある。そんな時のためにと、『星の王子さま』をカバンのポケットにしのばせ、時間がある時に読んでいた。
ちゃんと読み返すのは本当に久しぶりだった。
児童文学にジャンル分けされているものの多くは、本当に児童文学なのか、と思われるようなものも多々あるが、これもその一つ。子供心を忘れてしまった大人のための本と言えるのではないか。とても美しいストーリーとことばの中に、現代社会に対する皮肉、現代に生きる人間たちに対する皮肉が散りばめられており、それは出版から75年近くたった今でも、いや、当時以上に通用する。
本当に色々な名言が含まれた作品で、読書感想文にも使用した作品であったりするのだが、いままでほとんど引っかからなかったが、今回はじめて心に引っかかった言葉をひとつ。
p.114 井戸の場面
「きみの住んでるとこの人たちったら、おなじ一つの庭で、バラの花を五千も作ってるけど、・・・・・・じぶんたちがなにがほしいのか、わからずにいるんだ」
まさに、資本主義、物質主義批判をしているかしょだろう。
大量のものに囲まれた現代社会。一つ一つのものに込められた心を大切にして生きていきたい、と改めて考えた。
本当に多くの「こどものこころをわすれてしまった大人」に読んでもらいたい作品である。
ダルタニャン物語 謎の修道僧 [文学 フランス]
ダルタニャン物語〈第4巻〉謎の修道僧 (fukkan.com)
- 作者: A. デュマ
- 出版社/メーカー: 復刊ドットコム
- 発売日: 2011/07/01
- メディア: 単行本
「20年後」の『謎の修道僧』を読み終わった。アラフォーになってしまった、ダルタニャンと三銃士。政治的な様々な思惑が入り乱れ、彼らの純粋さがなくなってしまいつまらないなあ、と思っていた前巻から一変、死んだミレディの息子、モードントが登場し、一気に面白くなる。
フロンド派(反王党派):アトス、アラミスと王党派:ダルタニャン、ポルトスに分かれてしまった4人だが、最終的には手を取り合うことになる。小説というものは基本的に反権力性を秘めているものが多いので、この時代を題材にした小説は基本的には権力に対抗する民衆の物語がテーマになることが多いのだが、この小説はあくまで王政を神から与えられたものと信じ、それを守るために必死に頑張る人の姿を描いている。そうした意味で、「新選組」に非常に近いものを感じてしまう。心はまっすぐで、何かのために必死に動いており非常に感動的なのだが、その守ろうとしているものが、時代に逆行しているのでどこか読んでいて苦しくなってしまう。
とはいえ、非常に彼らの純粋な心が美しく描かれており、後半部は読んでいて感動してしまった。次はいよいよ「20年後」の最終巻。
どんな展開になるのか楽しみだ。
ダルタニャン物語 我は王軍、友は叛軍 [文学 フランス]
ダルタニャン物語〈第3巻〉我は王軍、友は叛軍 (fukkan.com)
- 作者: A. デュマ
- 出版社/メーカー: 復刊ドットコム
- 発売日: 2013/06/01
- メディア: 単行本
ダルタニャン物語第3巻を読み終わった。
有名な『三銃士』は2巻までで終わり、その20年後を描いたのがこの作品。第3巻~第5巻はこの「20年後」を扱った巻になっている。
枢機官もリシュリューからマザランに代わっており、美しく若い王妃であったアンヌ・ドートリッシュも息子の王太子がまだ幼いのでその摂政として実権を握っている。アンヌと枢機官マザランは愛人関係にあるらしく、マザランの悪政は人々の怒りを買い、パリ中が騒然としている。
そんな状況下、王の従士であるダルタニャンはマザランの命を受け、昔の仲間ポルトスを再び軍隊生活に連れ戻し、枢機官&摂政のために働く。一方、反枢機官グループを、昔の仲間アトスとアラミスは助ける。まさに題名の通り、「我は王軍、友は叛軍」となっている。ある事件をきっかけに、この2対2の状況になり、4人は話し合いを持つことになる。
おもしろくなくはないが、『三銃士』ほど、テンポはよくなく、登場人物達も若さがなくなったせいか、いまいち魅力的ではない。純粋な心のままに行動する『三銃士』に対し、さまざまな思惑の中で内面の葛藤を繰り返す『20年後』という感じか。
そしてやはり気になるのは、男女関係の乱れ。王妃なのに枢機官と愛人関係になったり、友人の恋人と一夜を共にしてしまったり・・・。
フランスの貴族社会というのはこういうものだったのだろうが、何となく・・・。
これから物語りは動いていきそうなので、さらに面白くなっていくことを期待する。
ダルタニャン物語 妖婦ミレディの秘密 [文学 フランス]
ダルタニャン物語第一部『三銃士』を読み終わった。
大学時代に一度読んで非常に面白かった覚えがあるのはあるのだが、内容はほとんど覚えておらず、ほぼすべてが新鮮に読むことが出来た。
この第二巻に入り、ストーリーが非常にスピーディーになり、どんどん読めた。
題名の通り、この巻の主役はダルタニャンや三銃士ではなく、ミレディ。このミレディの過去が様々な事件によってどんどん暴かれていく。とにかく悪い女でここまで悪いと読んでいて嫌になってくる。サッカレーの『虚栄の市』のように、善なる女性と、悪なる女性が対比的に描かれるならまだ読んでいて救いがあるのだが、基本的に、この物語のメインの女性登場人物はこのミレディしかいない。やはりこういう非道徳的な性格を持った女性を詳細に描かれてしまうと、嫌な気持ちになってしまう。ハラハラドキドキ感が常に続くのだが、その感じが非常に嫌な感じだった。
ストーリー的にはとても面白かったが、純粋でまっすぐな人々がこの悪女ミレディのために次々と死んでいってしまうのが、残念でならなかった。
続巻はもう少し気持ちのいい物語になってくれることを期待したい。
ダルタニャン物語 友を選ばば三銃士 [文学 フランス]
ダルタニャン物語〈第1巻〉友を選ばば三銃士 (fukkan.com)
- 作者: A. デュマ
- 出版社/メーカー: 復刊ドットコム
- 発売日: 2011/06/01
- メディア: 単行本
大学生の頃、岩波文庫で『三銃士』を読んだ。非常に面白かった。「あとがき」を読んだとところ『三銃士』は非常に長い『ダルタニャン物語』の一部に過ぎなりということを知った。是非全巻読んでみたいとずっと思っていたが、なかなか全巻揃っているものに会えずにいた。
一年ほど前、偶然ブックオフで「復刊ドットコム」から発売されているこの本を見つけた。しかし全13巻と長編であること、ほかにも読む本が沢山あることなどに鑑み、その時は購入せずにいた。それから数ヶ月して再びそのブックオフに足を運んだところまだ全巻揃って残っていた。これは買うしかないということで購入。夏休みに入るこのタイミングで読み始めた。
始めから引き込まれた。『モンテ・クリスト伯』を読んだ時もそうだったが、何故か知らないがどんどん吸い込まれていってしまう。いつのまにかドンドン読んでおり、気づいたら一巻を読み終わっていた。
田舎からパリへ出てきたダルタニャンが、アトス・ポルトス・アラミスの三銃士に出会い、ルイ13世王妃に関わる難事件を解決する物語。登場人物一人ひとりが、長所も短所ももち、三銃士は圧倒的な強さを誇るのかというと、そうでもなく、決闘で負けたり、大怪我を負ったりする。その人間臭さがこのデュマ作品を面白くさせているんだろうなあと思う。
そしてこの頃のフランス文学作品を読むといつも思うのだが、とにかく恋愛が不倫ばかり。なぜ結婚しているのに、平気で簡単に、異性と恋に落ちてしまうのか、そしてお互い会うことができるのかよくわからない。清廉潔白、非常に純粋な主人公ダルタニャンの初恋相手すら人妻・・・。
この辺が、面白いフランス文学に出会ったとき非常に残念に思う部分である。
が、とにかく面白い。
カンディード [文学 フランス]
啓蒙思想家ヴォルテールの作品ということで、小説とはいえ、非常に読みづらいんだろうなあ、と覚悟していたが結構読みやすかった。
書名の『カンディード』は収められた6作品の中の最後に置かれた作品で、一番長いものだった。
宇宙人が出てくるSFもの、イスラム教徒が出てくるもの、などとにかくバラエティに富んだ作品。とはいえ、当時のフランスの王族・貴族社会の道徳的腐敗、知的なものに対する見識の低さを揶揄しているんだろうなあ、という表現が散りばめられていた。
全体的に、悲劇的な感じが多く、主人公たちがとにかく悲惨な目に合い続ける。善意のもとにやったものもすべて悪い結果に終わる。世の中とはそういうものだということをヴォルテールは小説を用いて伝え語ったのだろうが、かなり悲惨。そういった意味では、『千夜一夜物語』に似てなくはないのだが、千夜一夜物語は最終的にハッピーエンドで終わることがおおいのだが、この作品集はどれも結構悲惨なままで終わる。
しかも女性が性的に陵辱されることが多く、読んでいて結構嫌な気持ちになった。正直こういう作品は、ヒロインは大変な目にあいながらも偶然に偶然が重なり、その貞操を守るということが多いのだが、凄まじく性的に嫌な目に会う女性が出てくる。フランスのこの頃の作品全体に言えることなのだが、結婚していようがいまいが、とにかく女性の性的に交わる男性の数が多い。フランス貴族社会の同時の様子がこの辺からも読み取れて面白くはある。
バーンスタインのミュージカルにもなっているということで読んでみたが、再読したいとは思えない作品だ。
椿姫 [文学 フランス]
ここ最近、オペラの原作小説を続けて読んでいる。
『カルメン』は非常に残念な作品で、オペラを観れば十分だし、オペラの方が筋が分かりやすい気がした。
『マノン・レスコー』も、デ・グリュー視点で基本的にすべてが描かれており、マノンの「人となり」がほとんど分からず、もう一歩な作品だった。
この『椿姫』は素晴らしかった。ヒロインの椿姫と主人公アルマンの心の揺れ動きも丁寧に描かれており、二人の心がすれ違う様子から、二人の心が触れ合う様子までとても美しい。
ヒロインのマルグリットの荒んだ心がアルマンの優しい心によって、浄化されていき、最後は自分を犠牲にするところまでいく様子は読んでいて本当に心地よい。
ここ数カ月読んだ中では一番素晴らしく、オペラだけでなく原作も読むべき本だと思う。
純愛小説としてもっと読まれても良い作品だと思う。
マノン・レスコー [文学 フランス]
マスネのオペラ「マノン」、プッチーニのオペラ「マノン・レスコー」の原作『マノン・レスコー』を読み終わった。
マノンという絶世の美女に翻弄され、大変な人生を送った、シュヴァリエ・デ・グリューの物語。
二人とも美しい顔らしいのだが、こんなハチャメチャで人の迷惑ばかりかけている二人に、警視総督はじめ、聖職者など、何故こんなに彼らの味方をするのかよくわからない。
自分達は刑務所にぶち込まれることはしていない、と何度も思ったり言葉にしたりしているのだが、明らかなる詐欺行為、殺人行為が多々行われている。
解説に「人間が人間であることをやめない限り、男は常にマノンのような女のために生命をなげうつことを厭わないのである」とあるが、本当か、と思う。人間が人間なのはやはりそこに理性があるからであり、理性的に考えれば、やはりマノンはおかしいし、マノンのためのデ・グリューの行動・行為を常軌を逸している。
正直、読んでいてあまり面白くなかった。
ゾラの作品は、気持ち悪くなってしまう作品だが、人間の本性を抉り出しており、確かにそういう行動に走っていしまう可能性はあるよね、と思わせるところがある。
でも、この『マノン・レスコー』は現実味がなく、まったく物語に入れ込めなかった。
オペラで観れば十分な作品であろう。
カルメン [文学 フランス]
映像・演劇を観ると、その原作が書籍化されているとそれを読んでみたくなる。原作を読むと、その作品が映像化されているものがあるとそれを観たくなる。この傾向は結構多くの人が持っているとは思うが、映像⇒原作の傾向は、活字中毒の私にとってかなり強い。
『カルメン』『椿姫』『マノン・レスコー』このフランス作家によって書かれた本は、恐らくオペラの方が原作より有名であろう。もちろん私はこの3作品のオペラを何度も観ている。が、『エルナーニ』『ルル』などオペラを観たらすぐ原作を読みたくなった作品と比べてほとんど読書意欲がわいてこなかった。おそらくあまりにもオペラとして有名すぎて、文学作品として捉えていなかったのであろう。
が、今年度(2018年4月~)、結構フランス文学を読んできたことで、この3作品を目にすることもかなり多くなり、せっかくだから読んでみようと考え、ブックオフで購入した。
『カルメン』が一番薄くて読みやすそうなので、まずは読んでみた。
言語学者が主人公である山賊ホセに出会い、ホセがカルメンを殺す場面から物語りは始まり、ホセがいよいよ死刑になるというところで、自分がどのような人生を歩んできたのかをその言語学者に語るという体裁を取っている。
原作はオペラよりも若干血腥く、結構人が死んでいく。ホセとカルメンの関係も、もう少し複雑で、いろいろな人が関わっている。オペラにはもともとホセには婚約者がおり、そのミカエラが物語の進行上、また音楽上、非常に重要な役割を果たすのだが、この原作では出てこない。
読んでいてあまりドキドキ感もなく、ストーリーも平凡で、正直つまらなかったといってよい。オペラであらすじをしっていなかったら、こんなに短く登場人物も少ない作品なのに、かなり読み進めるのに苦労したであろう。
ゲーテの『若きウェルテルの悩み』は、オペラの方がわかりやすく原作を超えた作品といえるが、この『カルメン』もそうだといえる。音楽といい、ストーリーをうまく抽出したところといい、オペラ『カルメン』はやはり最高傑作といえる。
また観たくなってしまった。
このDVDは、カルメンもミカエラも非常に美しくとても良い。若干テンポが遅い気がするが・・・。
アベラールとエロイーズ 愛と修道の手紙 [文学 フランス]
アベラールとエロイーズ―愛と修道の手紙 (岩波文庫 赤 119-1)
- 作者: アベラール
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1939/10/25
- メディア: 文庫
昨年の春、ルソーの『新エロイーズ』を読んだ。そうすると、やはりそのアイデアの元となった『アベラールとエロイーズ』も読みたくなった。
昔古本屋にはこの『アベラールとエロイーズ 愛と修道の手紙』はたくさん置いてあった。が、数年前からめっきり見なくなった。昨年、『新エロイーズ』を読み終わった後、この本をブックオフなどの古本屋で探し回ったところ全く置いていない。Amazonのページをみると、新訳の岩波文庫が出ており、この畠中尚志訳は品切れ重版未定状態らしい。
まあ、新訳なら読みやすいだろうと購入しようと思ったが、Amazonのレビューなどを見ると、全訳ではないらしい。そこでAmazonの中古で昔のものを購入することとなった。
面白かった。アベラールとエロイーズが知り合い、恋愛関係になり、婚前交渉を行い、子供を生み、その後結婚したことによって、アベラールに悲劇が起き、二人ともが修道院生活に入るのだが、こうしたことがすべて書簡により綴られていく。離れ離れになり、苦しんでいるアベラールにエロイーズが愛の手紙を送るが、アベラールはその愛を退け、神への愛へと邁進するよう励ます。
もちろん、二人の出会いから別れ、エロイーズの想いなどを記した部分も非常に面白いが、アベラールがエロイーズの信仰を促すために書いた、修道女のあるべき姿、修道女の決まりの部分も非常に興味深い。簡単に言ってしまえば、律法を厳守すること、形どおり守って行動していくことを重視するのではなく、どのようにその行為を行うのかという心を重視することを説いている。そしてなるべく誘惑の少ない場所・状況を自ら作り出し、生活していくべきことを説いている。
非常に非常に美しく、心洗われる。小川洋子作品にあるような、日々同じリズムの中で同じことを繰り返し、この繰り返しの中に美を見つけ出す、といった世界がここにある。私の理想とする生活だ。
岩波文庫の二つの作品の副題がこの二つの本の違いを良く現している。
旧訳『愛と修道の手紙』
新訳『愛の往復書簡』
愛の場面だけであれば、他にも色々とある小説などで十分であろう。その愛を乗り越え、修道生活に入って、現世に囚われる自分の心に打ち勝とうとする努力を二人が協力して行っていったところに、この物語の美しさがあるのだと思う。
是非とも、岩波書店には、旧訳を再販してもらいたいと思う。
クレーヴの奥方 [文学 フランス]
今年の春に読んだルソー作『新エロイーズ』が、『クレーヴの奥方』という本に大きな影響を受けているということを知り、読んでみることにした。ブックオフなどにしょっちゅう並んでいるのは見ていたが、あらすじを読んでも全く面白くなさそうだったので読んでみようと思ったことはなかった。
簡単に言えば、若い人妻が、夫以外のイケメンと両思いの関係になるが、自分の気持ちにストップをかけるために、自分が他の男に恋をしていることを夫に打ち明け、そのイケメンと何とか距離を置こうとする話である。
この「クレーヴの奥方」以外にも2作品が収録されているのだが、基本は同じ内容で、結婚したが、他の男のことを好きになってしまい、そのことに苦しむ美しい女性の内面の葛藤を描いた作品である。
オペラを観たり、同時期のフランス文学作品を読んでいて思うのだが、とにかく17世紀くらいから19世紀くらいのフランス宮廷社会はかなり自由な恋愛関係が結ばれていたらしい。まあ、ゾラなんかを読むと、民衆もおなじような感じだったことも見て取れる。日本や他の国々でも文学作品など形あるものとして残っていないだけで同じようなものなのかもしれないが、やはり私は読んでいて気持ち悪くなってしまう。
とにかくクレーヴの奥方、彼女に恋する男はじめ、基本的に皆自分勝手なのだ。自分の気持ちに正直に生きているといってしまえばそれまでなのかもしれないが、あまりにも周りの人間の気持ちを考えなさ過ぎる。自分とその恋人のせいで夫が死んでしまったのに、それでもまだその恋人に惹かれ恋愛関係を持とうとする。夫の死は自分達の恋愛関係が直接的な原因ではないのだからすぐに結婚しようとせまるイケメン。とにかくすべてが自己中過ぎでとっても嫌な気分になった。
『新エロイーズ』はそれぞれが自分の気持ちに正直でありながらも、相手の気持ちを推し量り、周りの人々のことを考えながら皆が行動しており、イライラしながらも気持ち悪くなることはなかったが、この小説はダメだった。
不倫をする女性の心を細かく描いた作品として確かに秀逸な作品といえるのではあろうが、正直人には勧めたくない。
フェードル アンドロマック [文学 フランス]
ラシーヌ2冊目。今回は古代ギリシアに題材を取った2作品。
題名は『フェードル アンドロマック』となっているが、収録されている順番は『アンドロマック』『フェードル』。
前冊同様、古代を題材に取っていることや、おそらく格調高いフランス語で書かれていて、それをうまく日本語に訳しているであろうこともあり、結構読む進めるには苦労する。が、内容が非常に面白く、しかも、ギリシア悲劇を昨年(一昨年?)結構読んでいたこともあり、人物関係などは整理しやすく、背景知識などもある程度あり、読みやすかった気がする。
『アンドロマック』は片思いの連鎖が生む悲劇。恋愛が、前冊同様に、政治的な思惑と絡み合い、悲劇的な方向へすべてが向かっていく。それぞれの登場人物が、周りの人間の言葉に惑わされ、ひどい行動をとったりするが、基本的に自分の気持ちに正直に生きようと努力しており、真の悪役のようなものが存在せず、それぞれがそれぞれの人間的な葛藤を持っており、読後感は非常に良い。
『フェードル』も素晴らしかった。こちらも、恋愛と政治の微妙なバランスの中で生きる人物達を描いており、周りの人間のアドバイスが悪い方向へ物事を進めるところなど、シェイクスピア悲劇と近いものを感じた。
どちらの作品も、現代にも通じる人間の葛藤を描いており、非常に面白かった。
モリエールとは違った意味で、人間の本質を描いており、本当に素晴らしい戯曲家だと思う。
是非舞台化されたものを観てみたいと思った。
ブリタニキュス ベレニス [文学 フランス]
昔、世界史で、フランス三大戯曲化として「コルネイユ、ラシーヌ、モリエール」と覚えた。ラシーヌは悲劇作家、モリエールは喜劇作家と覚えた。それを覚えて以来、彼らの作品を読んでみたいと思っていた。数年前、モリエール作品が一気に岩波文庫から出て、Boxセットで買った。非常に、面白かった。
数ヶ月前、ブックオフにふと立ち寄ると、品切れ重版未定中のラシーヌ作品が!!!すぐさま購入した。
そして今回読んでみた。
題材は、古代ローマ。エウリピデスなどのギリシア悲劇に似たような雰囲気をもっており、非常に読みづらかった。モリエールは同時代の人間を取り上げ、人間の持つ黒い部分、周りから隠して見えないようにしている部分をあぶりだすことで、見ている人間がおもわず「にやっ」としてしまう戯曲を書いた。ある意味、語弊はあるかもしれないが、現代の「お笑い」に近いかんじがする。なので、非常に読みやすい。が、ラシーヌは古代の人々、しかも当然だが、支配階級を題材として取り上げ、そしておそらく、注や解説を読むと、それをかなり格式高い言葉で書いたのであろうと思われる。その分、幾分読みづらくなっている。
しかし、読みすすめていくと、物語の骨格がしっかりと見えてきて、人間の心のそこにある欲望を見事に描き出しており、段々と読むスピードも速くなって行った。
『ブリタニキュス』のほうは、よくある、権力者とその権力者に振り回される周りの人間達を描いたもの。こちらはシェイクスピアの歴史劇を読んでいるような感じだった。人間の裏切り、不安、猜疑心などを巧みに描いている点で、『オセロ』と『ハムレット』を足して3で割ったような印象だった。
『ベレニス』は非常に面白かった。現代でいえば、仕事と恋愛のどちらをとるか、といった感じ。ローマ皇帝という公の人間としての自分を選ぶのか、一人間として自分の愛した人を選ぶのか、究極の洗濯を迫られる。そこに、もう一人の、同じ女性を愛してしまう親友のような存在を対置することで、物語に深みを与えている。誰も死ぬことはないが、誰も幸せになれないこの悲劇。非常にすばらしく、悲劇なのにも関わらず、読後感が非常に清清しいものだった。
嘘つき男 舞台は夢 [文学 フランス]
フランスの劇作家の作品を久しぶりに読んだ。
ラシーヌ、コルネイユ、モリエールと「世界史」で三大劇作家として覚えたが、モリエール作品しか読んだことがなく、いつか読みたいと思っており、偶然、ブックオフでこの作品を見つけたので、買って読んでみた。
基本的には、喜劇であり、色々と紆余曲折ありながら、主人公の男女が一緒になる、という話である。
『嘘つき男』の方は、ひたすら嘘つきな男が、いろいろな勘違いの末、自分の意中の相手と結婚するという話なのだが、『舞台は夢』の方は、もう少し話が複雑だ。ある種の劇中劇となっており、どこまでが現実で、どこまでが舞台の中での作り話なのか、がわからなくなっている。コルネイユなりの、演劇に携わるものへの讃歌といった作品になっているのではないか。
とはいえ、やはりシェイクスピアやモリエールほどストーリーが複雑ではなく、もう一歩という感じがいなめない。人気がこの2者よりも日本ではないのもわかる。
海底二万里 下 [文学 フランス]
『海底二万里』下巻を読み終わった。
下巻は世界中の海底を旅する場面が多く、人間どうしの交わりが描かれる場面が少なく、この地域ではこういった魚などが取れる、といった感じの描写ばかりでかなり飽きてしまった。
最終的にネモ船長が何故、文明社会に恨みを抱くようになったのかも、詳しくは明らかにされず、乗組員達は何故ネモ船長と行動を共にしているのかもいまいちよくわからない。
南極で、氷の中に閉じ込められてしまう場面が若干ドラマティックではあったが、とにかく自然に、特に海に興味のない私は退屈でしょうがなかった。
名作なのだろうか・・・。
海底二万里 [文学 フランス]
『海底二万里(上)』を読み終わった。
私は、冒険小説やSF小説があまり好きではない。ヴェルヌの作品はこの二つの要素を含み持ち、題名からして男臭さが滲み出ているので、今まで手にとろうとは思わなかった。
今回、上巻を読んでみて、やはりSF小説はあまり自分には合わないなと思った。海に得体の知れない大きな物体が現れ、ヨーロッパの多くの船がこの物体により破壊されるという事件が続き、アメリカ軍が船を出し、この物体を探し出すことになる。これにフランス人の学者、彼の付き人、カナダ人の漁師も同船することになる。
数ヶ月探索しても見つからなかったので、もう帰ろうとしていたとき、この物体に遭遇。船員達は大きな鯨と思って対応するが、まったくつかまらない。そのうち船はこの物体にやられ、前述した三人は海に投げ出される。もうダメかと思っていたとき、この物体の中に引きずり込まれる。実はこの物体は現代科学を駆使した巨大な潜水艦だった。この三人はこの船にとらわれながらも自由な生活をし、世界中の海底の世界を見るという話し。
確かに様々なドラマもあるのだが、読んでいてあまり面白くない。海底の様子が詳らかに描写されるのだが、確かに見たこともないのに良くこんなに細かく書けるなあ、と思うものの、生物に全く興味のない私は退屈。
『オペラ座の怪人』もそうだが、この時代のフランス人作家は本当に色々なことを良く知っていて、みな百科全書並みだなあと感心してしまう。が、『オペラ座の怪人』はとても人間の心理描写も細かく、読んでいて面白いのだが、こちらの作品は出来事をただ描写しているだけなのであまり面白くない。
まあ、下巻で、この潜水艦の船長がなぜ、陸の生活を捨てたのかが明らかにされると思うので、その部分を楽しみに読み進みたい。
ジャン・クリストフ 4 [文学 フランス]
『ジャン・クリストフ』4巻をやっと読み終わった。
正直、読み終われないと思っていた。ほとんど会話文がなく、字の文が続く。登場人物たちの心理描写ならまだしも、当時の芸術界をとりまく党派主義、スノビズムのようなものに対する批判のような、なんともいえない良くわからない文章がとにかく多く、読んでいてかなり飽きた。トルストイやユゴーにも同じような傾向が見られるのだが、彼らの文章はある程度論文のような感じで論理が整っていて読みやすいのだが、この作品の文章は抽象度が高く、よく分からないものが多かった。
読み進めるのが困難だった理由のもう一つは、主人公にまったく共感できなかったことである。とにかく自分勝手で、何で怒っているのか、何で与えられたことを素直に行わないのか、道徳的(貞潔)なようでいて、平気で女性とベッドを共にするし、それでいて自分より下の世代には道徳的(貞潔)なことを要求するし、人妻と平気で不倫するし、その相手が苦しんでいるのに、放っておいて逃げるし、とにかく自分の行っていることの責任を全く取ることなく、流れに身を任せて周りの人々が尻拭いをしてくれることに甘えて生きて死んで行った人間にしか見えない。
何故これが名作なのか。何故これが感動をもたらすのか、私には全く理解できなかった。
これだけの時間をかけて読む割には得るものの少ない小説で、他人には全く薦められない。
正直ノーベル文学賞を取った作品(人)は良くわからないものが多い。ノーベル文学賞は、特定の作ではなく人物に与えられると聞いたことがあるが、この『ジャン・クリストフ』が文学賞受賞の一員になったことは間違いない。ナイポールなんかもそうなのだが、やはりノーベル文学賞をとるような人の作品は凡人の私には理解できないのだろうか。
ジャン・クリストフ 3 [文学 フランス]
『ジャン・クリストフ』3巻を読み終わった。
この巻は主人公クリストフではなく、彼の友人になるオリヴィエの話から始まる。はじめ裕福だった彼の一家も、人の良いお父さんの債務により一気に没落。お父さんは自殺、お母さんも死に、オリヴィエとお姉さんだけで生きていかなくてはならなくなる。姉のアントワネットは弟を師範学校に行かせるべく一生懸命働く。その過程でドイツに家庭教師の職を得る。ここでクリストフと会う。フランスに来てお互いを一目見る機会があり惹かれあうのだが、ちゃんと話しをする前にアントワネットは死んでしまう。その後オリヴィエとクリストフは出会い、親友になり、一緒に生活を始める。
クリストフとを通して、オリヴィエはある女性と出会い結婚しそれなりに幸せな生活を送るのだが、結局妻に逃げられてしまう。
2巻に比べて、作者の社会批判、芸術業界批判はそこまで多くないが、それでも結構そうした部分が長く、やはり読むのがしんどかった。とはいえ、オリヴィエだけでなく、クリストフの恋愛話も多少出てきて、そういう物語が進行する部分ではそれなりに楽しめた。
かなり大変だったが、あと一冊!!!
何とか完読出来そうだ。