銀の匙 [文学 日本 Classic]
中勘助作『銀の匙』を読み終わった。
数年前、灘高の国語の先生が、たった一冊の短編で、三年間授業をやってしまう、ということで話題になった。
それ以来、ずっと気になってはいたのだが、原書を読んではいなかった。
今年のお正月、ブックオフに本を売りに行ったところ、安くこの本が売っていたので買ってしまった。
読んでみて、なっとく~。
とにかく、一つ一つの描写が細かい。そして現在使われていないような様々なものが出てくる。平行して宮部みゆきの『ソロモンの偽証』を読んでいたのだが、進むスピードが10倍くらい違う。さらに平行して、Oscar Wildeを英語で読んでいたのだが、もしかしたら英語を読むよりも時間がかかったかもしれない。
普通に読んでもこれだけの時間がかかるのだから、授業でしかも一個一個調べさせながら進めたら、さぞかし時間がかかるのだろうと思った。
内容は、主人公の物心ついたときから20歳まえくらいまでの、主人公から見えた周りの状況を、事細かに描写したもの。本当に日常をただ主人公の視点から描いているだけなので、たいした事件もおこらない。ひたすら淡々と様々な情景が綴られていくだけだ。
前編の最後、「お惠ちゃん」が出てくる場面と、後編の途中で、小さいころお世話になったが今は衰えてしまった「叔母さん」に合う場面、後編の最後、友人の「姉様」が出てくる場面、が若干ドラマティックで引き込まれるが、あとはとにかく静かに描かれている情景をイメージしながら読み進めたかんじだ。
途中、学校の授業の描写があり、「修身」(今で言う道徳)の授業を批判するところがあり、この部分は結構面白かった。
純文学とはかくありき、というものを宮部みゆきと併読することで実感させられた一冊だった。
愛と死 [文学 日本 Classic]
武者小路実篤の『愛と死』を読んだ。
武者小路実篤作品は『友情』しか読んだことがなかったが、とにかく『友情』は素晴らしい本なので、彼のほかの作品も読んでみたいとは思っていたのだが、なにしろどれもこれも題名が面白そうではない(友情も含めて)。が、今回『いちご白書』と似たような題材の本として『世界の中心で愛を叫ぶ』とこの『愛と死』が挙げられていたので、良い機会だとおもい読んでみた。
非常に面白かった。100ページ強の短編なのだが、内容が非常に濃く、話に一気に引き込まれた。
簡単に言ってしまえば主人公とヒロイン夏子の純愛物語なのだが、非常に物語の構成がうまい。自分の友人の妹との何気ない出会い。何気ない一コマ。段々お互いの気持ちが惹かれあう様子。婚約に至るまでの道。二人を物理的に引き裂くしかけ。長距離恋愛を支える二人の手紙でのやり取り。そして思いがけない別れ。
すべてが計算されており、その物語世界に入っていける。すごく抽象的な感想なのだが、やはり古典と呼ばれる作品は、何か心に響くものがある。時代を経て残ってきて物の凄み、人間の心に普遍的に存在するであろう何かに訴えかけるものがあるのだ。
友情もそうなのだが、抽象的な、「愛」「死」「友情」などという言葉を題名につけることで、物語の本質を伝えようとしている武者小路実篤の力量にただただ感嘆してしまうのみだ。
新生 後 [文学 日本 Classic]
『新生 後編』を昨日読み終わった。前編に比べ、主人公岸本と姪の節子の心理描写が細かく描かれていた。基本的には岸本が姪節子との関係をどうしようか、どうやって関係ある人々に告白しようかという心の迷いをひたすら描いている。この間読んだ、ハーディーのTessの中でTessが結婚相手のAngelに自分の過去を打ち明けられずひたすら悩んでいるようすに何ページも割かれていたが、それに似た感じで、若干食傷気味になってしまった。
が、節子のひたむきさ、純真さに、同情心が湧いてきて、こういう関係もありなのではと最後に思わされてしまった。島崎藤村の文学的才能のなせる技なのか。
とはいえ、やはり傑作文学とは言えない。新潮文庫も岩波文庫もいままで品切れだったのもうなずける
新生 前 [文学 日本 Classic]
先月、岩波文庫から復刊された島崎藤村『新生 前編』を読み終わった。妻や、子供を相次いで失った40代前半の主人公。陰鬱とした日々を続けながら、残された子供の世話を姪に見てもらっている。いつの間にか、姪とのあいだに子供ができてしまう。周りの目を気にする主人公は、姪と子供たちを日本に残し、一人フランスへと逃亡する。フランスでも陰鬱とした生活を続け、第1次世界大戦にも巻き込まれる。フランスに来てからも姪から何度も手紙をもらうが、全く返事をしない。そうした主人公の態度に姪はひどく傷つけられる。
戦争もひどくなっていき、主人公は日本へ帰る決意をする。
ここで、前編は終わる。
正直、フランスへ行ってから、誰かとあったり、いろいろな話をしたりするのだが、全く面白くない。
姪とどうして肉体関係を結ぶに至ったのかなどの、心の動きなども全く描かれていないので、突然姪が「叔父さんの子供ができました」と告白して、初めて読者には事実がわかる。その後も当時の状況などが説明されることもない。
告白小説ということで、藤村の経験を小説にしたものらしいが、それならそれで、もっと突っ込んだ心理描写をしてもよかったのではないかとおもってしまう。
まあ、まだ後編があるので、そちらを楽しみに読みすすめたい。
蟹工船 [文学 日本 Classic]
小林多喜二『蟹工船・党生活者』を読んだ。『蟹工船』ははじめは、方言などが多用されており、非常に読みづらかった。前回読んだ、Tess of the d'Urbenvillesも方言ぽいところがわかりづらかったが、やはり普段慣れ親しんでいる標準語(と言われている言葉)以外の言葉は、日本語だろうが英語だろうが読みづらいことを改めて実感した。
『蟹工船』も『党生活者』も、戦争中の工場、(前者は船の中だが)、における労働者の支配者階級への闘争を描いている。前者は団体の闘争を描いているので、これといった中心人物は出てこない。後者は主人公、須山、伊藤という3者を中心に、共産党の闘争を描いている。
私は小さい頃「共産党は危ない政党だ」と教えられて育った。しかし、様々な本を読み、現実を知れば知るほど、「共産党が危ない」ということを教える社会、人々に信じ込ませる社会のほうが危ないのではないかと思うようになった。
キリスト教と共産党は似ている。自分の信じる信念に従って行動したがために、拷問にあったり、迫害にあったりしている。どちらも権力者にとっては危険な存在なのだろう。しかし、冷静に見れば、人間という存在にとって、本当に危険なのはどちらなのだろう。
黒い雨 [文学 日本 Classic]
井伏鱒二の『黒い雨』を読んだ。
戦争から数年後、原爆症で苦しむ主人公の閑間重松が、姪の矢須子が原爆症ではないということを証明するために、矢須子や自分のつけていた日記を清書するという形式で物語は進む。
戦後と原爆投下から敗戦までの時間が交互に進んでいく。そこにさらに妻やその他の人々の日記なども入ってきて、物語は重層的に進んでいく。
日記を清書するというスタイルが文学作品としてはかなり斬新であり、さらに様々な人々の体験を叙述することで情景を立体的に描いている点で素晴らしい。
しかし、私は、読み進めるのにとても苦労した。原爆を落とされあとの広島の情景描写が多く、読んでて辛くなってしまった。ある意味、フランスの自然主義文学を読んでいる時のような息苦しさを感じた。
しかし、登場人物がみんな善人であり、皆が必死に生きようとしている様子が美しく描かれており、暗い題材を扱ってはいるが、読後感は清々しいものとなっている。最後に虹に思いを託すあたりも自分好みだ。
金色夜叉 [文学 日本 Classic]
ここ一週間かなり忙しく、ブログを更新する余裕がなかった。
そんな中、尾崎紅葉作『金色夜叉』を約一週間かけて読んだ。
明治時代に書かれたということもあり、文章はどちらかというと古典に近い。
森鴎外の『舞姫』を読んでいるような感じである。
そのため、読み始めはかなり時間が掛かり、人間関係把握にも時間がかかったものの、慣れてくると(+会話文が増えてくると)、読むスピードも上がり、予定よりも2~3日早く読み終えることができた。
婚約相手の宮(女性)は金に目がくらみ、貫一を捨てる。この裏切りに憤った貫一が宮にケリを飛ばす場面が、熱海に銅像となって置かれている。
読者は読み進めるうちに宮の気持ちに心惹かれ、同情心を寄せるようになるのかもしれないが、私の場合は全く宮に同情心はわかなかった。
逆に、貫一の心の揺れ動き、宮が自殺するのを夢で見てしまう場面など、すごく共感するところが多かった。
しかし、貫一は金色夜叉といえるのであろうか。
正直、『嵐が丘』のような復讐劇を思い描いていただけに、若干肩透かしにあったような気がした。
これはまさに貫一の心の揺れを描いた心理小説と言えるのではないだろうか。
個人的に言えば、貫一を一途に想い続ける同業者(高利貸し)満枝と貫一が結婚して、宮は病死するという結末が最高な気がするのだが・・・。
まあ、なんにしろ未完の作品なので紅葉がなにを思ったかはわからない。